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僕と僕の神様  作者: たきわ優
第一章
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第五話

 春の暖かな日差しが少し熱を帯び、もうすぐ夏が来る。

 いつものように社での学びを終え、昼飯を食べに家に帰ろうとした僕に尾関先生が声をかけた。


「若、明日の午後は空いてるかい?」


「はい」


「君に会いに神様とその(やしろ)(つか)いの方がお越しになるから、時間を空けておいておくれ」


「僕に会いに?」


「なんせ百年ぶりの“よりどころ”だからね。皆、君に会いたくて仕方ないのさ」


 この国には八百万の神様達がいるけれど、僕はまだ自分の神様と尾関先生の神様にしか会ったことがない。

 尾関先生の神様は、どろどろとした黒い塊で、はじめて見た時は恐ろしくて叫んでしまった。

 よく社の天井に張り付いてびよーんと伸びながら、学んでいる子供達を見て回っている。目がどこにあるかはわからないけど、見て回ってるのだと思う。なぜならたまにぼそっと「難しい字をよう書けとる」とか「今日はなかなか姿勢がええの。さすがじゃ」とか、子供達を褒めながらひとりごとを言うのだ。

 ぼそっと言うひとりごと以外は、とても物静かな神様で、穏やかな尾関先生と雰囲気が似てるなぁと思う。


「ねぇ、神様。“よりどころ”にはそんなに会いたいものなの?」


『まあな』


「僕は人の子だよ。新しく生まれた神様に会いたいんじゃないの?“よりどころ”じゃなくてさ」


『いや、儂じゃなくて若に会いたいのさ。皆がな』


 そう言って僕の神様は、神棚に飛んで行った。またお供えのお酒を飲んでしまう気だ。ほぼ毎日お酒が消えているのに「お酒が消えてるわ」と母が騒ぐことはなく事件にはなっていないのが不思議だ。


 次の日、僕はとても驚いた。


 紹介された社の遣いの方は、神崎さんと言うとても綺麗なお姉さんで、藍色の品のある着物がとても良く似合う人。村にはいない美人で胸がどきどきとした。

 でも驚いたのは美人に会ったからじゃない。

 神崎さんの神様が、人の子と同じ形をしていたからだ。

 だから、僕は失礼にも「神様なんですか?」と、挨拶よりも前に口にしてしまった。

 神崎さんの神様は、僕と同じ年頃の男の子にしか見えなかった。

 着ているのは、立派な束帯(そくたい)で、とても高貴なお人に見え、いや、神様なのだからとてもとても尊い御方なのだけど。

 とにかく、神様が人の子と同じ形をしていることにとにかく驚いたのだ。


『なるほどなるほど。人の子の形を取るものと会うのははじめてなのじゃな』


 神崎さんの神様は、僕と尾関先生の神様をちらりと確認してそう言った。人魂とどろどろの塊を。


「人の子と同じ形を取られる神様はけっこう多いのよ」


 神崎さんが、そう言うと、尾関先生が


「神様はね、様々な形を取られているのだよ。多分そのうち、人と神様の区別がつくようになると思うけど、経験を積むしかないのかな」


 と。確かに、神崎さんの神様が、神様か人の子かと知らずに聞かれたら答えられないと思った。

 普通の人は、神様を見ることができないが、僕は見える。

 もしこの先、知らずに人の子の形をした神様を、知らずに人の子だと思って声をかけるような失礼を働いたらどうしようと、僕は恐ろしくなって、尾関先生に訴えた。

 そんな狼狽える僕に、尾関先生も、神崎さんも、神様達も


「誰も咎めはしませんよ」

「大丈夫よ。そんな事で神様は怒らないわ」

『それはそれで楽しいことじゃ。現に我は楽しんでおる』

『儂も人の子の形を取るべきだったかのう。面白そうじゃ』

『楽しいの』


 なんて言って、僕の恐ろしさを軽く流された。

 時間はかかるけど、見分けられるようになるらしい。本当だろうか。とても不安だ。


 神崎さんは、一月ほど村にいることになり、尾関先生から村の人達に知らされた。社の遣いである神崎さんだけじゃなく、その神様もご一緒だとの知らせに、有り難い有り難いと、入れ代わり立ち代わりに、滞在先の尾関先生の社に村の人達がやってきた。


 神崎さんの神様は、とてもお喋りが好きな方のようで、いろいろな話を聞かせてくれる。同じ歳の頃に見えるからか、僕も話しやすくてとても楽しい。

 そんな中で、神崎さんの神様が、川魚が好物だとぽろっとこぼしてた。尾関先生が気を利かせ村の人に話してしまった。その日から社には、毎日大量の川魚を供えに村の人達がやってきてしまい、近頃、社で学ぶ子供達は、昼飯は家に帰らず魚を焼いて食べる日々。塩焼きは美味しくて好きだけど、小さい子は早々に飽きてきている。神崎さんの神様が『やはり川魚が一番じゃ』と喜び、神崎さんに『礼を伝えよ』なんて言うものだから、神様から御礼なんて、と感動した村の人達によって更に川魚が供え続けられた。


 僕はふと、神崎さんの神様に聞いてみた。


「なぜ神様はそんなにも川魚がお好きになったのですか?」


『ふむ、我はな“またぎ”の神なのじゃ。供え物は殆どが猪や鹿などの獣ばかりでの。遠い昔に村の童が川魚を供えてくれたのじゃ。その童は「おらはまだ獣は捕れねえ。川魚なら捕れる。おらの父様は最近獣が捕れねえ。神様どうか父様に獣を恵んでくれねえか」とな。我は川魚の美味さに免じて獣を恵んでやったのじゃ。その童は喜んでの、隣の村に嫁に行くまで足繁く川魚を供えてくれたものじゃ』


 神様は、とても懐かしそうに目を細めて話してくれた。


『じゃが、仮にも我は“またぎ”の神じゃ。地元では実は川魚が好みなどと言えぬではないか。こっそり娘が供えてくれるが足りぬのじゃ。ここでは我は何の神かはまだばれとらん。ふふふ。川魚の神と名乗るのも良かろうか。ふふふ』


 娘とは、神崎さんのことのようだ。神様が堂々と何の神か偽ろうとしているのが気になったが、僕の神様なんて殆ど毎日、お酒を盗み飲んでいる。神様って、清廉潔白なものかと思っていたけれど、なんだか俗物的で、なんともいえない気分になった。


 神崎さんは、髪を結うのがとても上手くて、気付いたら村の女達に溶け込んでいた。うちの母も手伝いの朝子さんも「神崎さんに習ったのよ」と洒落た髪型をしだして、「村の女達が最近浮ついている」と父が愚痴愚痴と言っていた。

 僕の神様が『若の父は相変わらず女々しいの』と言っていて、どういう意味か聞いたら『焼きもちじゃ。綺麗になって不安なのじゃ』と言う。僕は、母が綺麗で嬉しいけど、父は違うようで、それがなぜ焼きもちなのかはよくわからなかった。


 今日は、午後から神崎さんと二人で山にイチジクを採りに来ている。はじめて神崎さんと二人きりで僕はどきどきとしていた。


「“よりどころ”ってね、神様にも社の遣いにも、家族に新しく生まれた赤子のようでとても嬉しいことなのよ」


 僕はもう九歳で、長男で弟達もいるのに“赤子のようで”なんて言われて少しムキになって「赤子じゃないです」と言った。


「ふふ、ごめんなさいね。赤子だとは思ってないわ。新しい家族が増えたという意味よ」


「仲間とかじゃなくて?家族?」


「そうよ。百年ぶりですもの。私も神様達も浮かれちゃって、ふふ」


 よくわからないけれど、“よりどころ”である僕は歓迎されているみたいだ。


「これから先もあなたに会いにいろんな神様や社の遣いが来るわ。みんなきっとあなたを守ってくれる。でもね、私の口からは詳しくは言えないけど、中にはあなたに忠告をしてくる社の遣いが出てくると思うの」


「忠告ですか?」


「ええ。その時が来たら‥‥うん、多分来るわ。あなたはきっと悩むと思うの。でもね、どんな決断をしても誰も咎めない。だから、よくよく考えてほしいの」


 なんだろうか。なんだか怖くなってきた。


「曖昧な物言いになってごめんなさいね。あら、あそこがそうかしら?」


 ちょうど、イチジクの木が見えてきた。ちょうど熟れきる前なようで、僕と神崎さんは味見しようとひとつずつもいで、瑞々しか甘い実りにありついた。

 籠にイチジクを入れながら、僕は神様のことも、社の遣いのことも、本当にまだまだ何も知らないのだと思った。

 子供だからなのか?

 よりどころだからなのか?

 きっと、大事な事なはずなのに、僕の神様も尾関先生もあまり多くを教えてはくれない。


 新しく神様を生みだすことによりなる“よりどころ”。

 僕の神様は、僕の願いによりお生まれになった。

 あれ?と思う。


 ―――僕の神様は“何の”神様なのだろうか?

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