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僕と僕の神様  作者: たきわ優
第一章
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第三話

 真っ白く陽の光できらきら光る雪道を、上の弟と意気揚々と歩く。

 僕も弟も平たい大きな(ざる)を大事に抱えている。


兄様(あにさま)、きっと春子ちゃん喜ぶね」


「そうだな」


 年末に、正月の餅を村総出で朝からついた。今年も大量の餅を(こしら)えることが出来、皆それぞれの家に持ち帰る。

 死の淵を彷徨った春子ちゃんは、神様のおかげで日に日に顔色も良くなり、食欲も出て、今までが嘘のように元気になっていった。

 ずっと寝たきりだった春子ちゃんは、足腰が弱く、人並みに歩いたりするにはもう少し時間がかかるらしい。たくさん食べて体を丈夫にする必要があるし、少しずつ歩く練習を積み重ねる必要があるそうだ。


 家に着くなり、弟が母にぜんざいを強請ったが、既に準備もしていたらしく、甘い香りが台所から漏れていた。後は餅を入れるだけだ。

 春子ちゃんと、弟二人に僕。子供たちだけでちゃぶ台を囲み、先にできたてのぜんざいにありついた。


「春子ちゃん、ぜんざい美味しいね!僕と兄様が今朝つくの手伝ったお餅なんだよ!」


 上の弟が大はしゃぎで春子ちゃんににこにこ伝える。

 春子ちゃんは、相変わらず薄く笑い


「美味しいわ。ありがとうね」


 と、美味しそうにぜんざいを食べていた。

 僕は、春子ちゃんがこうやって元気にしてくれているのがとても嬉しかった。

 いつも布団の中だった春子ちゃんは、うちに来てから浴衣以外の格好は見たことなかったが、今はきれいな柄の着物を毎日着ている。

 実家から持ってきていた着物は数が少なく、近所の女の子達のお下がりをたくさん借りて着ている。

 春子ちゃんの全快に、村の皆が喜んでくれ、気前よく着物を貸してくれたのだ。

 うちは男の子ばかりだから、母が「女の子はいいわね」と毎日いろいろなかんざしを春子ちゃんの髪に飾っている。着物を着た春子ちゃんがいると、華やぐから家の中が少し明るくなったように感じる。

 元気になって、本当によかったと思う。


 春になる頃には、ちゃんと歩けるようになるだろう。そうしたら、春子ちゃんは二年ぶりに山を超えた隣の町に帰ることになる。

 子供にとっての二年は長い。二年も毎日同じ家で暮らしたのだ。僕も春子ちゃんも同じ年だけど、妹のように大切に思っている。

 だから、春になるのが少し憂鬱だった。

 でも、春子ちゃんは、家族に二年も会っていないのだ。きっとはやく帰りたいだろう。

 だから、春まであと少ししかないけれど、ちゃんと歩けるように手助けしようと、気合を入れた。


 正月になって、うちの小作人のせがれで、都に働きに出ていた翔平さんが、お嫁さんを見つけて帰ってきたと話題になった。

 うちに挨拶に来てくれた翔平さんは、すっかり都の男で、着物の羽織が格好良く、お嫁さんも艶やかな着物に、美しく結った髪が似合っていて、みんな「ほう」とか「まあ」とかすっかり感心していた。土産だと、それはそれは綺麗な菓子までくれた。

 僕等がいつも食べるような、ただの丸いだけの団子じゃない、美しい菓子。それは、椿の形と色を模したあんこで出来た菓子で、食べるのが勿体ないほどに美しい菓子だった。

「お茶と一緒にいただきましょう」と、母が茶を入れ、皿に盛った菓子を配る。

 あまりの菓子の美しさに見とれたのだろう。僕は、はじめて“微笑んで”喜ぶ春子ちゃんを見た。いつもの薄い笑みじゃない春子ちゃんだ。

 ああ、こんなふうに笑うのかと、少し意表を突かれたが、幸せそうな春子ちゃんを見れて、本当に元気になってよかったとまた思ったのだ。


 雪解けが始まり、春ももうすぐという頃には、あれだけ白かった春子ちゃんの肌は、赤みを帯び、薄い肌色で、健康に見えるようになっていた。

 白すぎて、雪の山の神様の娘かと思ったあの日を思い出した。


「神様。娘のいる神様っているのですか?」


『さて、聞いたことがないの。聞いたことがないだけかも知れぬが』


 あっという間に日々は過ぎ春になり、とうとう春小ちゃんが帰る日がやってきた。

 迎えは、昼頃来る。まだ時間があるからと、母が山の麓にある遅咲きの桜が満開らしいから最後に見ていらっしゃい、と、僕と春子ちゃんに声をかけた。

 その遅咲きの桜は、毎年見事な桜を咲かせる村自慢の一番大きな桜の木だ。

 もうすっかり、歩けるようになった春子ちゃんと二人で桜の木までゆっくりと歩く。

 薄い桜色の小さな花が、今年も美しく咲き誇っていた。


「春子ちゃん、元気になってよかったよ。この桜も見てもらえて本当に良かった」


 僕は、桜のように晴れやかな気持ちで、春子ちゃんに振り向きながら言った。

 すると、春子ちゃんは、今まで見たことのないくらいの満面の、そう、()()()()()をしていた。


 いつもの薄い笑みじゃない。

 あの美しい椿を模した菓子を食べた時の笑みじゃない。

 初めて見る満面の笑み。


 心から喜んでいるだろうその笑みは、ぼくにはなぜだか、にたあ、という擬音が付く笑みに見えた。

 なんと言えば良いのだろう、はじめてのことで、なんとも形容し難いその笑みの意味はすぐに判明する。

 春子ちゃんの言葉と共に。


「あんたのことは最初から嫌いだったのよ。ふふ。あんたなんか死んじゃえ」


「え‥‥‥」


 僕個人への明確な“悪意”をはじめて向けた人は、僕が神様に願い命を救った人だった。

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