人形の瞳
ある人形の話である。
その人形は古い人形屋にて作られた。そこの主人は昔からの人形マニアで、一般人気があるわけではなかったが、人形好きには素晴らしい人形を作るとして評判であった。
古びた雰囲気が味のある店で、その球体関節人形は売られることとなった。
その人形は、とても美しかった。
透き通る赤色の宝石で作られた瞳。ふわふわと白く光沢のある金色の髪。天使のような髪の毛の色、といえば多少は近くなるだろうか。真っ白な頬は薄く桃色が滲み、目元はオレンジがかったピンク色。細く長く伸びた睫毛に、二重の線。憂うような、そっとささやきかけるような微妙な唇には赤い口紅を控えめに。
細かいところまで作られていた衣装も、彼女の美しさを底上げしていた。ゴシックらしい黒色基調のドレスだ。首元にあしらわれた、瞳と同じ赤色の宝石と黒のジャボ。黒いトップスのボタン部分にはフリルがある。見せコルセットはふちが金色で、それ以外は黒色。同じく黒の二層になったチュールのようなレースに、ワインレッドに近い黒色のスカート。裾のフリルはワインレッド。黒のストッキング。自立するよう気遣われつつもきちんとヒールのある黒の靴。首元の装飾から腕のカフスに至るまでこだわりぬかれたデザインなのだ。これによって彼女を人形らしく甘く可愛い印象にしつつも、貴族然とした上品な雰囲気に仕立て上げている。
当然、この球体関節人形はたちまち人気になり、多くの人間が買いたいと願った。その人気は人形愛好家以外にも及び、貴族やお金の持たぬものもほうと感嘆しながら人形を眺めていたものである。
特に瞳のルベライトが大変な人気を博した。濁りがゼロに等しいほど美しく、粒が人形の瞳に匹敵する大きさ、となると、その値段は想像もできない。
毎日大量の客が押しかけてきて、そこの主人はすっかり参ってしまった。本当に人形という存在を愛してくれる人が分からないのである。この騒ぎによって付加価値が付与されてしまった人形は、もはや人形単体の素晴らしさは考えられていないのではないか。貴族はその人形を手にした、という名誉を求めているだけであるだろうし、平民も憧れだけを求めている者もいる。そして、人形好きとの違いは分かりづらい。
そこで主人は、真に人形を愛してくれるもの以外の人形への興味を消すことにした。
人形の瞳を、濁り切った安い宝石に変えたのである。これによって、光が失ったように人形の瞳は少々不気味なものになった。
このことはあっという間に噂になった。人を通った話は曲解し、どうも人形は美しくなくなったらしい、というように変わった。
前の方が良かったと、直接文句を言う者もいた。最も、その客は最近やってきたもので、お金を持っていないのに店に長居するので主人は気にしなかったのだが。
人々の興味が離れていく様子を主人は感じながら、人形の目を見た。
人形の瞳の宝石は、もちろん安物であることに変わりない。しかし、それでも宝石であり、独特の美しさがある。暗く鈍い赤色は、彼女を陰った魅力のある人形にしていた。
あっけなく人がいなくなっていく様子に、主人は苦笑いを浮かべた。
その数日後。
すっかり静かになった人形屋に、一人の男が訪ねてきた。
「やあ、ご主人。つい先週まで人気だった人形を見たいんだけど」
地面につくぎりぎりまで伸びた黒いマントに、目元まで隠れているフード。茶色のロングブーツ。にこやかな表情。背格好。
「お前さん、もしや有名な黒マントさんかい?」
黒マント、という名は、人形愛好家の間で知れ渡っていると言っても過言ではない。根っからのコレクター体質で、世界中の人形を集めるために旅をし、さらにいわくつきのものにも手を出すという。最近では、かなりの人形好きでも買わなかった呪いの人形と言われるものすらも喜んで買ったという。
「多分、僕のことだ。前の店でも言われたよ。で、それがどうしたんだ?」
「いいや。ただ驚いてな。で、人気だった人形っつったな」
「ええ」
「それならこれだ。目をちょいと変えてな」
手を例の人形へ向ける。つられた男の口が見る見るうちに緩んでいく。
「これはすごい! 僕が買ってもいいだろうか」
一体どうやって見ているのか、事細かに素晴らしさを力説する。主人はその言葉に感動した。特別力を入れ、大変だったところを気づいてもらえたためである。
「お前さんに買ってもらえて、こいつも幸せだろうさ」
約二時間ほど話していた主人は男にそう言った。照れたように頬をかきながら、男は人形を受け取った。
くるりと背を向け去っていく。ふと思いつき、主人は呼び止めた。
「ああ、もう二つ、そいつの瞳を持ってくるから待ってくれ」
「……本当ですか?!」
信じられない勢いで振り返り、走ってきた。主人は店の二階の自宅にあがる。数分経って戻ってきた主人の手には、ルベライトが二粒あった。それを男に渡した。
「……こ、これは」
「もらってくれ。元々知り合いがくれたものなんだ」
畏れ多そうに黒の手袋で包み込むと、人形を入れた鞄の中に入れた。人形が傷つかないよう、きちんとスペースを分けて。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに何度もお辞儀をして、男は手を振りながら店を出た。
こうして、その人形は店を離れ、四つの瞳を愛されながら暮らしたそうだ。