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婚約破棄をされ、部屋に引き籠っていたお嬢様がようやく部屋から出てきました。ご子息様のお気持ちが通じたのでしょうか?

作者: うた川緋翠



「お嬢様、おはようございます」



広い広い扉の向こうにそう語りかける事で、私の長い一日は始まる。



「今日もとても良いお天気ですね」


何の返事も返ってこないのが日常の一つであり、もうどれくらい経つのでしょうか。


アルベルト侯爵家の一人娘、アイリーン・アルベルト様は一年程前に婚約を破棄されてしまい、その日から部屋の中で閉じ籠るようになりました。


お相手はウィリアムズ公爵家のご子息だそうで、彼の家が催した茶会の席で突然、婚約破棄を宣告されてしまったそうです。


理由の一つはご子息の幼馴染に嫉妬したアイリーン様が数々の嫌がらせを行ったというなんとも稚拙な話ですが、そんな話に何度も誤解を解こうとしたアイリーン様にご子息は何一つ耳を貸さなかったそうな。



「お洗濯、此処に置いておきますね」


人の噂話ほど残酷なものはなく、お嬢様の周りにはいつしか誰もいなくなり、扉の奥でよく聞こえていた賑やかな笑い声もいつの間にか聞こえなくなりました。


そのような馬鹿げた話、旦那様や奥様も、勿論私だってこれっぽっちも信じていませんが、きっとお嬢様は何よりご学友に信じてもらいたかったのだと思います。



「それではお嬢様、また午後に来ますので」



使用人達の噂話で聞いた話ですが、お嬢様は元婚約者の幼馴染に陥れられたそうで、お嬢様がいなくなった後お二人はご婚約。今ではこの上なく幸せに暮らしているそうだ。


そんな何とも許し難く、腸が煮えくり返りそうな話ですが使用人としては何一つ手助けが出来ないのが現状であり、よく耳にする復讐だとか、仕返しだとか。


そんなもの何の後ろ盾もない何処にでもいる使用人には程遠い話であり、唯一出来るのは毎日お嬢様に話しかける事くらいです。


何の反応もしてもらえなくていい。ただ私は此処にいますと、それだけでもわかってもらえれば良かった話なのだけど、此処半年間で大きく変わった出来事が一つだけありました。




「もうそろそろですかね?」


私のひとりごとに反応するかのように、屋敷の呼び鈴が鳴ると、玄関ホールの扉を開けてはその先にいる一人の男性に軽くお辞儀をする。



「こんにちは、リリスさん」


「すみません⋯お嬢様なのですが」


「問題ありませんよ。今日もこの文を届けに来ただけなので」


「⋯いつも本当にありがとうございます。ギルバード様」


「いえ、流行病が広がっているそうなので、くれぐれもお身体にお気をつけ下さいとアイリーン嬢にお伝え下さい」



それだけ言うと、ギルバード様はいつものように帰って行き、その後ろ姿を見る度に私はいたたまれない気持ちになってしまいます。


なんでも彼は、トンプソン公爵家のご子息だそうで、半年前に突然屋敷にやってきてはアイリーン様にお会いしたいと申されるものですから、最初は冷やかしかと思い奥様が門前払いをしました。


ですが彼はその翌日も、そのまた次の日も屋敷に足を運び、今日のようにお嬢様への手紙や、時には綺麗な花束。そして一言だけ言伝を言い残すようになり、今となってはあれほど警戒していた奥様もすっかり気を許しているご様子なのですが、問題が一つだけあります。




「お嬢様、ギルバード様から文が届きました」


部屋の扉を数回ロックすると、暫く経ってから大きなため息が聞こえ、私は返事を待つことに。



「また来たの?懲りない人ね」


「今日はお手紙が届いておりますよ」


「捨ててちょうだい。それにもう来ないでとあれだけ言ったはずだけど?ちゃんと伝えているのかしら?」


「⋯ええ、まあ。一応は」



その話に至っては最初の頃だけの話ですが、あえて言わないのが得策である。そしてやっと聞くことが出来た扉越しのお嬢様の声に、少しだけ胸が踊ります。


私とお嬢様の会話は毎日この時間だけで、このやり取りの時だけはお嬢様はしっかりと返事をして下さるので私にとっては何よりもこの時間が大切で、至福のひと時でもあるのですが、どうやらお嬢様にとってはそうではないのが辛いところです。



「差し出がましいようですが、お嬢様。一度ギルバード様にお会いになられては如何でしょうか?」


「絶対に嫌!」


「ですがもう半年間、毎日この屋敷に足を運ばれているのでギルバード様も一度はお嬢様のお顔を⋯」


「何度も言わせないで!私、不細工は嫌いなの!」



そう、問題はそこなのである。ギルバード様は誰がどう見ても人柄は良さそうなのだけど、容姿に至ってはフォローしようがない程です。


でっぷりとついた厚い頬肉に、腫れぼったい細い目付き。そして極め付きは少しだけ物寂しくなり始めている頭の薄毛なのですが、それはもう若ハゲということにしておきましょう。


とまあ、容姿に至ってはどうフォローすればいいのか正直頭を抱える程だ。そして何故お嬢様がギルバード様を知っているのかと言えばきっと半年前の初日、屋敷にやって来たギルバード様を気になったお嬢様がカーテン越しに見てしまったのだと勝手に推測している。



「明日こそ追い返してちょうだい」



そんな言葉とは裏腹に、いつもドア越しに置いている手紙に目を通しているのは間違いないと思うのです。

その証拠に、手紙にしか書いていないであろう事をお嬢様はたまに話し始めるので可愛い所もあるのですが、どうにも容姿だけが受け入れられない様子にどうしたものかと私は日々頭を悩ませていたのですが、その翌日のことです。


何時になってもギルバード様は屋敷にお見えになりませんでした。


とても不思議に思いましたが、お嬢様本人はやっと諦めたのねと、嬉しそうなご様子でしたが次の日も、そのまた次の日も手紙が届かない日々が続いたある日のこと。


あれほど頑なに開くことがなかった部屋の扉が開いたのです。


心臓が飛び出てしまうほど驚き、息を呑みましたが、いつも綺麗にまとめ上げていたピンクブロンドの髪を無造作に下ろし、何一つ着飾らず部屋から出てきたお嬢様は以前と変わらず美しく、その場では言いきれない程の感情が胸に押し寄せて目の奥に熱いものが込み上げてきたのも確かでした。




「⋯とうとう私は、あの方にも嫌われてしまったのね⋯」


それだけポツリと呟くと、次第にお嬢様の瞳からポロポロと涙が溢れ落ち、見ていられなかった私は思わず彼女を抱き締めてしまいました。するとお嬢様は、そんな私に一つ一つ色んな事をお話になって下さいました。



「⋯私ね、あの子が彼のことを好きだなんてこれっぽっちも気付かなかったの」


元婚約者様の幼馴染というのはお嬢様と一番仲の良かったご学友だったそうで、何よりお茶会のあの日から、誰一人自分を信じてくれなかった事がただ辛かったとそう仰っていました。


ですがそれは、そんな人間関係しか築いてこれなかった自分に非があったのだと深く落ち込んでいた時にギルバード様から文が届くようなり、最初はまた裏切られるのが怖くて読めなかった手紙もいつしか楽しみに変わっていて何より元気づけられていたはずなのに、彼の容姿を馬鹿にして自分には相応しくないと勝手に決め込んで、頑なに意地を張ってしまったと、とても辛そうなご様子でした。




「⋯私は、なんて馬鹿なことをしてしまったのかしら。誰からも信じてもらえず、ただ塞ぎ込んでいるだけの私を元気づける為に毎日手紙を綴って下さった方の容姿を馬鹿にして大切な事が何一つ見えていなかった。本当に愚か者よ」


「⋯お嬢っ、さま⋯」


「当たり前になっていたの。彼が毎日同じ時間にこの家にやってきて、リリスが手紙や花束を私の部屋の前に置いてくれて、私は誰にも見つからないようにこっそり扉を開くの。でも不思議ね、あれほど重たくて怖くて仕方なかったはずの扉が半年前のあの瞬間から少しずつ、私の中で軽くなって、いつしか楽しみに変わっていたのに。どうして今になってこんな大切な事に気づいたのかしら」



お嬢様の独白に、次第に涙で視界が滲み、目の前が霞みました。

大切なお嬢様の顔がぼんやりとしか見えなくて、次第に声をあげてわんわん泣く私に、お嬢様は優しく頭を撫でてくれました。



「私の為に涙を流してくれる人がまだいたなんて」と、そう呟いていましたがそんなの当たり前ですお嬢様。幼い頃に両親が亡くなり、行く当てもなく裸足で街中を彷徨いてはゴミを漁っていた私を見つけ出し、使用人として居場所を与えてくれて、家族同然のように大切にしてくださった。


感謝してもしきれない恩が貴女にはあるのです。




「⋯私はきっと彼のことが好きだったのよ。話した事もない相手だけど、彼の優しさに次第に惹かれていってたのね。だけどもう、前を向かなくちゃ。あの人の手紙に恥じない生き方をしたいと私は思ったの。だからねリリス、 私もう一度だけ頑張ってみようと思うのだけど、側にいてくれるかしら?」


「⋯当たり前です、お嬢様。リリスはっ、何処にでもついていきますよっ」



こうして、引き籠り生活を送っていたお嬢様は一人の男性からの何通もの文に心を動かされ未来への希望を見出したお嬢様は末永く、それは末永く幸せに暮らしましたとさ。


なーんて、物語はまだ此処で終わりません。実はギルバード様には秘密がありました。


それはお嬢様が、部屋から出て一週間経った朝のことです。


いつものようにお嬢様の部屋の前で挨拶をすると、ドレスが中々入らないから先に下で待っててちょうだい、と言われ、玄関の大理石を布で磨いていた時です。


よく聞き慣れた呼び鈴の音に、掃除をする手を止めては玄関の扉を開くと「お久しぶりです」と男性から声を掛けられました。


よく見るとその男性は白銀の髪の毛に、紫水晶の瞳を輝かせ、すらりと長く伸びた手足は容姿端麗そのもので。

私、こんな方にお会いしたことないのですが。




「⋯すみません。どちら様でしょうか?」


「いやだな、二週間前にお会いしたじゃありませんか」



二週間ほど前といえばギルバード様が最後にお見えになった頃だけど、ギルバード様とは似ても似つかないし。

⋯これはあれですね、きっとお嬢様の引き籠り事件を聞いた悪い輩が変な商法を持ち掛けにやってきたというところですね。

過去にもそれは何度もあったので、私はもう騙されません。

お嬢様を守り抜いてみせると勢い良く扉を閉めようとした次の瞬間。



「ちょっとリリス!このドレスったらキツくてキツくて仕方ないの!私、太ったつもりはないのに!」


あろう事か、お嬢様が階段から降りてきてしまいました。それもまあ、なんともはしたない格好で!これはあるまじき行為です!



「アイリーンお嬢様!なんですかその格好は!」


「え、だってファスナーが閉まらなくて。それよりどちら様なの?」



アイリーンお嬢様がそう言うと、先程の男性は打って変わり顔を赤らめ、視線のやり場に困ると言わんばかりにそっぽ向くと、なんとも気まずい状況になってしまった。


一先ず、この状況を打破しようと一度玄関の扉を閉めて慌ててお嬢様の身なりを整えると一つや二つ、軽くお説教をしたいところですが、今はあの不審者が気になって一刻も早くお嬢様を遠ざけなければと思い策を講じていたのですが、それも束の間でした。


お嬢様自ら、玄関の扉を開いてしまったのですから。




「お嬢様!勝手な事をしないで下さいまし!」


「あらいいじゃない。それよりそこの貴方、一体どちら様なの?」



そして次の瞬間だった。


真っ直ぐアイリーンお嬢様の方を見つめ、一度咳払いをした後恥ずかしそうに、彼はこう言い放ったのです。




「相変わらずですね、貴女は」


「そちらこそ、挨拶もしないで私の家に上がり込むなんて随分な真似をするのね?」


「これは失礼致しました。挨拶が申し遅れましたが、シンフォニア王国第二王子、レオンハルトと申します」


「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯は???」」



私とお嬢様の声が見事に重なると、レオンハルトと名乗る男性は柔らかに目を細めました。



「以前はギルバード、という名前でこちらに出入りしていたのですが」


彼の話をまとめると、公爵家の友人からお嬢様の話を聞きつけてはいても立ってもいられなくなったそうで、ご友人からのアドバイスで名前を借りてこの家に出入りしていたらしい。


その上、魔法で姿かたちも変えていたらしく、最後にこの屋敷に来てからは魔法騎士団の一人として隣国へ視察に行っていたようで今日帰国したそうです。そしてお嬢様に一刻も早く手紙を届けたい一心で、魔法を唱えることすら忘れてしまっていたらしい。


そういえば聞いたことがあります。シンフォニア王国の第二王子様は心優しく、魔法にも優れているがあまりに自由奔放すぎて国王様や女王様が手を焼いていると。そんな話を耳にしましたが。


⋯いや、問題はそこではないのです。




「⋯すみませんレオンハルト王子殿下。使用人の分際で口を挟んでしまう事をお許し下さい。今の話をまとめると、婚約破棄されたお嬢様に興味を抱いて近寄ったということでしょうか?」


「いいえ、それは違います。アイリーン嬢には幼い頃に何度かお会いしているのですが、どうやら本人は忘れているようですね」


「そ、そのようなご縁が!?」


「彼女の意地っ張りさは相変わらずでしたが、そんな彼女をずっとお慕い申し上げておりました。明日からは、ギルバードではなくレオンハルトとして文を届けに来てもよろしいでしょうか?アイリーン嬢」





春の風がそっと二人を包み込んだ時、王子様のそのお言葉がお嬢様の心を溶かしていくのでした。


おしまい。

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[良い点] 結局美醜なのかぁ…って思いましたw
[気になる点] 侯爵家が冤罪の噂を放置したままなのでしょうか?家紋に泥を塗られたわけですよね?もし、屑男とビッチ女が言った内容を訂正もしくは反撃するくらいしなければ、慰謝料を屑たちに払うようになるので…
[気になる点] 細かいことを言って申し訳ないですが、タイトルの「引き込まれていた」と本文の内容の「引きこもる」は違う意味の言葉だと思います。 すみません、どうしても気になってしまって。
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