7.『鉄壁令嬢』、異国に到着する。
「ようやくついたわね」
長い間、馬車に揺られてようやくドゥニーは砂漠の国サデンへとたどり着いた。
それまでの道中は、同乗していたダニエスからしてみれば本当に濃かった。
なんせ、ドゥニーは大人しくしているような令嬢ではない。
魔物が居れば飛び出したり、救助を求められたら助けたり――そういうことばかりである。
基本的にドゥニーは善良なので、人助けなども当たり前にする。ただし助けた相手が善人ばかりではないので、実は盗賊だったということも今までもあった。そういう相手は問答無用でドゥニーに気絶させられていた。
盗賊相手でもひるまずに『鉄壁』の加護を思う存分使って向かっていくのがドゥニーである。
向こうからしてみればにこにことほほ笑む令嬢が、まっすぐに自分たちに向かってくるのだから恐ろしいものであろう。
砂漠で覆われたその光景を馬車から見渡すと、それだけでドゥニーはワクワクしていた。
ドゥニーの祖国には砂漠はない。ドゥニーは『鉄壁』の加護があるので、その日差しも特に問題はない。いつも通り砂漠地帯に突入してものびのびしている。
しかし、ダニエスや他の騎士たちに関しては日差しに参っている様子であった。
「ようこそ、おいでくださいました」
ドゥニーがその国に辿り着くと、恭しく頭を下げる男性に迎え入れられた。
とはいえ、完全に歓迎されているわけではないらしい。お迎えに来ている人数は少ない。
普通の貴族令嬢なら、迎えの人数が少ないことに怒りを表すかもしれない。そもそも、王太子から婚約破棄された段階で普通の令嬢ならもっと取り乱すものである。
全く取り乱しもせずに、にこにこしているドゥニーはかなり変わった令嬢である。
「お迎えありがとうございます。これからよろしくお願いしますわ」
ドゥニーはにっこりと笑い、淑女としての礼をする。
それだけ見ると、ドゥニーはか弱く普通の令嬢にしか見えない。
男性は少し、ドゥニーの様子に驚いた様子だった。
ガナンドという名のその男性にドゥニーは軽く説明されながら、準備されている部屋へと案内される。
「我が王は多忙で、すぐにドゥニー様と挨拶は難しいです。ご了承ください」
「わかりましたわ! 時間がある時で構いませんとお伝えください」
一応ドゥニーはサデンの国の王に嫁ぐという名目で、この国にやってきた。
なのに、王と面会も叶わないとなると蔑ろにされていると思ってもおかしくないだろう。
ガナンドの態度を見るに、そもそも王はドゥニーのことを歓迎していないのではないかと想像が出来る。
それでもそのことはドゥニーにとってはどうでもいいことである。
「……ドゥニー様は、加護持ちなのですよね?」
「ええ。そうですわ。私は『鉄壁』の加護を持っておりますの」
「何をやらかして我が国に来ることになったかは分かりませんが、我が王の気を引けると思わないように」
「あら、私の加護についての説明については伝わっておりませんの? 私は一応、嫁ぐという形でここにおりますけど、その役割は出来ませんわ。私の『鉄壁』の加護は、私が望まぬものから私を守りますから」
「……そういえば、手紙は届いていたと我が王は言ってました。もしかしたらちゃんと読んでいないかもしれません。役割が出来ないというのは……?」
「私は『鉄壁』の加護持ちですから。そういう男女の関係も、私が心の底から望んでいないと全部はじいちゃいますのよ。なので、私は政略結婚に全く向きませんもの。多分、王様が私の所に来ても全部はじいちゃうので、手紙を読んでないならちゃんと伝えておいてください」
ドゥニーが笑いながらそう言ったら、ガナンドはまた驚愕の表情だった。
ドゥニーは加護のため、王太子との婚約が結ばれた。
しかし、ドゥニーは『鉄壁』の加護持ちであり、その加護はありとあらゆるものからドゥニーを守るものである。
婚約者になってもドゥニーは王太子に恋愛的な意味での行為はなかった。王太子とドゥニーの婚約解消が認められたのも、ドゥニーが王太子の子を生むことは難しそうだったからである。
ドゥニーは貴族令嬢として生まれたが、政略結婚に全く向かない。
ドゥニー自身が自分の心をごまかしてそれを飲んだとしても、結局ドゥニーがそれを心から望んでいなければどうしようもないのである。
「嫁いではきたけれど、それを全うは出来ないということですか?」
「そうですわね。私はそういう役目を全うできませんわ!」
「……どうして嫁いできたのですか?」
「砂漠の国に行くのも面白そうだったからですわね。王太子から嫁ぐように言われて、まぁ、いいかと思ったので来ました」
のほほんと笑って、のんびりした様子でドゥニーはそう言った。
ガナンドはそんなドゥニーを見て、変わった令嬢だと認識したらしい。
「わかりました。我が王には、手紙をきちんと読むように伝えておきます」
ガナンドがそう言ってくれたので、ドゥニーは「よろしくお願いしますわ」と笑うのだった。