61.『鉄壁令嬢』は、諦めの悪い者達の心を折ることにする ⑥
「ななななななっ」
穏やかな、なんでもないような声。ただ誰も居ないはずの場所で声をかけられた屋敷の主は青ざめている。
侵入者だと気づいて大声をあげようとしたら、ドゥニーに口をふさがれる。
「もう、大きな声を出したら駄目よ? 私はいつでも、あなたの命を奪えるわ。いうことを聞ける?」
ほほ笑みながら問いかけられ、男は青ざめる。愛らしい少女なはずなのに、ただただ恐ろしい。寧ろその笑みが無邪気であればあるほど――恐怖心をあおる。
「き、貴様は誰だ」
「んー? 私? 私はドゥニー・ファイゼダン」
ドゥニーがそう告げると、男は疑問を感じた様子である。名前だけ聞いても噂の『鉄壁令嬢』だとは結び付かなかったようだ。
「『鉄壁令嬢』だって言った方が早い?」
ドゥニーがそう口にすると、男は青ざめる。だけれどもすぐにドゥニーに向かって、気丈に声を上げる。
「『鉄壁令嬢』の噂は来ている。我が王の元へ嫁いできたのだろう。好き勝手しているということも聞き及んでいるが、この私にこんなことをしていいと思っているのか? 女であるというのならば大人しくすべきでは――」
「私にそんなことを言うのは命知らずだよー?」
ドゥニーはそう言って、にっこりと微笑む。
こんなことを言われておかしくなってしまった。確かに女性であるならば大人しくしておくべきなんていう文化は存在している。それでもドゥニーにそんな命知らずなことを言う存在なんて中々居ない。
「私はね、大人しくはしないよ? だって私はやりたいように生きるって決めているから。それにこれは王様だって許してくれていることだよ? 私のことを止めるのは無理だよ?」
ドゥニーはにこにこしながら、そう言う。全く躊躇なく、思考のブレもない。彼女は自分の思うままに行動する人間である。
「……そ、そんなことが許されるわけが――」
「許されるよ? だって私だもん。それにあなたが法を破って、悪いことをしているから私が此処にいるんだよ? 王様に向かって悪いことをしているのは自分なのに、私を罰しろなんていうつもり? いっとくけど、どれだけあなたが巧妙に私のことを貶めようとしたとしても私はそれを絶対に認めないわ」
ドゥニーは貴族令嬢なので、彼らが冤罪を作って誰かを貶めたりすることがあると知っている。そういうのを見たことはある。
『鉄壁令嬢』と呼ばれるドゥニーのことを例えば貶めようとしたところで、彼女は全力を持ってして力づくではねのけるだけである。
――彼女を止めることなど、それこそ神か、同じような加護持ちぐらいしか出来ないだろう。少なくともドゥニーはこれまで自分を制御出来る存在になどあったことはない。だからこそ、彼女は自由なのだ。
「ねぇ、これから自首しにいこう? きっとこれまでも色々やらかしているよね?」
ドゥニーがそう言うと、男は益々顔を青ざめさせる。ドゥニーは全て調べているわけではないが、きっとこれまでも様々な罪を重ねては居るだろう。
商人夫婦の命を奪うことにも全く躊躇していなかったのだ。それだけ、そういった命令をすることに慣れているといえる。
そしてそれが国家において罪に問われることは知っている。だからこそばれないように罪に問われない範囲で彼は動いていたわけである。それに男は国における権力者だ。幾らでももみ消すことが出来ると思っていた。
しかしそんな権力は『鉄壁令嬢』の前では無意味なのである。
「そ、それは……!」
「ねぇ、殺されたくないなら言うこと聞こう? ちゃんと反省して罪を償うなら死刑だけは免れるように王様にかけあってあげる。いうことを聞かないなら、許さないよ。間違っても私に勝てると思わない方がいい。私は相手が何人いようとも、誰が居ても、負ける気はしないから。というか今から王様の元へ連れて行くから」
それは決定事項だった。
ドゥニーは引く気はない。彼女は自分の意思を貫きとおす気しかないので、そもそも男の意見を聞く気はない。
「あ、え……」
戸惑う男を、ドゥニーは抱えた。魔法を使っているとはいえ、少女に抱えられたことに男は戸惑い、声をあげる。
「ちょっと黙ってて」
ドゥニーはそう言うと、その口に箪笥に入っていたハンカチを突っ込む。それから『この屋敷の主は、『鉄壁令嬢』が預かっているのでご安心を。沙汰は王様から告げられます』とだけ書き置きを残してそのまま屋敷から飛び出していった。
侵入する時も、脱出する時も――ドゥニーは誰にも気づかれなかった。この抱えている男性が様々な後ろ暗いことをしていることは把握している。ただそれらに関する処罰などを考えるのは、国王であるとも思っていた。
(このまま見つかるより王様に差し出した方が話早そうだからなぁ。あ、でも地下でとらえられている人達の対応はした方がいいから、それは騎士達に言っておこう)
ドゥニーは男を抱えたままそんな結論に至った。
――それからドゥニーは騎士達に話をつけ、ガロイクを連れて王様の元へと戻るのだった。




