58.『鉄壁令嬢』は、諦めの悪い者達の心を折ることにする ③
屋敷の主は青ざめている。
――ドゥニーの表情は、そんな彼とは正反対だ。
彼女はあくまで穏やかな笑みを浮かべているのだ。彼女はいつだって平然としており、どんな時だって、微笑みを崩さなかったりする。
屋敷の主である男も、『鉄壁令嬢』の噂を知らないわけではない。『鉄壁令嬢』は、加護を持つ。だからこそ硬く、強い。どんな存在であろうとも、彼女の命を奪うことなどは出来ない。そう囁かれている。
それでも彼女はまだ十代の少女であることには変わりがない。
愛らしい顔立ちの少女が、部屋に知らないうちに侵入している――。
それも護衛達、誰一人に気づかれずにこうして存在している。それでいて表情は笑顔。――だからこそ、屋敷の主はただ恐怖していた。
「今日は貴方に宣告をしにきたの」
笑みを浮かべて、ただ見つめている。
じっと、彼女は視線を向ける。それを見て、屋敷の主は身体を震わせる。ただただ、怖いのである。彼女はいつだって普段通りなのだ。
「王様から、手出ししないようにと言われたでしょう? それなのにどうしてまだおいたをしようとするの? 普通に考えて、そんなことをしたら大変だって分かるわよね? それに私だってあなたがそんな行動を起こすのならば反撃するわ。『鉄壁』の加護を持つ私のことを敵に回すのはやめた方がいいの」
あくまでそれは、忠告だ。
ドゥニーにとっては、ただ思っていることを口にしているだけである。
「ねぇ。私はいつでもあなたを殺せるの。分かる?」
男は無言である。恐怖を感じて、声を発することが出来ない。彼女の笑みは、ただただ愛らしいはずなのに――どうしようもないほど怖いのだ。得体の知れない恐ろしさが、そこにはある。
「返事は?」
「は、はいいいい」
「頷いたってことは、もうしない? それでいい?」
ドゥニーはそう問いかける。
これで頷かないなどというのは、ありえないとでもいうような態度だ。
しかし中々その男性は頷こうとしない。そのことにドゥニーは少しだけ不快そうに眉を顰める。彼女のそんな態度を見て、またびくりっと身体を震わせた。ドゥニーはそれならば、最初から頷けばいいものをと思って仕方がない。
「私が怖い? なら、やめてね? どういった理由があろうとも、駄目よ」
ドゥニーは穏やかな笑みを浮かべる。
まるで聞き分けの悪い子供に対して諭すような言葉であった。ただそれは決定事項である、というのは双方の事実である。
「……わかり、ました」
「不満? なら、私のことを殺そうとするかしら? 別にいいわよ。それはそれで楽しいもの」
彼女にとっては、遊びのようなものなのだ。襲われたところで何も問題はない。ドゥニーはなぜ、躊躇しているのかよく分からなかった。
「そもそもどうして王様からやめなさいと言われているのに、襲っているの?」
「……どうせ、罰せられるなら敵は潰しておきたいと思うのは当然だろう」
「それだけ知られたら問題があることを行っているということね? なら、罰は受けなさい。自分がやったことの償いはしないとならないのは仕方がないわ。このまま言うことを聞かない方があなたの命が短くなるだけよ。それとも王様相手でもどうにか出来るような力でも持ち合わせているの? そんなわけないわよね?」
ドゥニーの考え方は一貫している。それでいてさっぱりしている性格ではあるので、何か問題を起こしていても罰を受ければそれでいいだろうと思っているようだ。
尤も被害を受けた者がいるのならば、当事者同士での話し合いや折り合いの付け方は必要だろうが。
「そ、それは……」
「あら、もしかして王様に反意を翻すつもりだった? やめた方がいいよ。だって王様は強いから。それだけじゃなくて、今は私だっている。私は少なくとも今の暮らしを気に入ってはいるし、楽しんでいるからそれをどうこうする存在のことは許さないよ? 徹底的に脅して、対話してもどうしようもないのならば排除するというそれだけの話。殺されたい? 私、有言実行だから聞き訳が悪すぎる子は命を奪うことだってあるわよ?」
ドゥニーは笑顔のままそう言った。
……全くもって、彼女は自分の意思を曲げる気はなかった。例え何か事情があってそうだったとしてもそれは彼女には関係のない話だ。
「こ、このまま引き下がれば私には破滅しかない!! あの夫婦を殺すように命じられているのにそれが出来なければ結局死ぬだけなのだ……!」
「ふぅん。誰に命令されているの? 教えて? 教えてくれたらその人にもこんなことをしたら駄目だよと伝えに行くから。その命じている存在が辞めるのならば、あなただってこんなことをしなくてよいわよね?」
「そ、そうですね。しかし幾ら『鉄壁』の加護を持っていたとしてもあの方には――」
「ごちゃごちゃ煩いわ。いいから、命じた者を言いなさい。私はこれから宣告をしにいくわ。だからあなたも行動するのをやめなさい」
ドゥニーがそう言って、じっと目を見れば屋敷の主は怯えつつ、命じた者の名を告げた。




