54.『鉄壁令嬢』、忠告を聞かない者達を迎え撃つ ②
ドゥニーの問いかけを聞いて、彼らは怯んだ様子を見せた。
――彼らは、『鉄壁令嬢』の名は知っているようだ。
それこそ彼女の故郷が遠く離れた地であろうとも、この国で多大な影響を与えている。その分、噂にはなっているのだ。
『鉄壁令嬢』の実力は本物であると。そして彼女のことを怒らせてはいけないのだと。そのことは裏社会でも十二分に広まっている。
幾ら可愛らしい少女に見えても、ただの少女にあらず。ただそれを知っていたとしても……。
ただそれでも依頼を受けた身としては、簡単に引き下がるわけにもいかないのである。
ドゥニーは、怖れているにも関わらず……向かってくる者達をよく知っている。それも、勇敢だからというわけでは決してない。
(信念をもって、何があっても私に立ち向かおうとするとかならいいのに。そうじゃなくて、プライドだけで戦おうとするなんて面白くないわ)
彼女は、呑気にそう思考する。彼女が余裕を見せているのは――事実、相手がどれだけの数がいようとも問題がないから。
加護と、力で押し切れる。
そういう存在だからこそ、彼女を害することの出来る者はまずいない。とはいえドゥニーがこれだけ自信があるのは彼女自身の努力も関係している。
ドゥニーは、加護に頼りっきりであるわけではない。魔法を学び、身体も鍛えている。彼女は加護の存在に大変感謝している。産まれた時からの付き合いである『鉄壁』の加護を自分の一部のように思っている。けれども――それが全てではない。
『鉄壁令嬢』と呼ばれ、その加護にばかり目がいっているがそれだけが彼女の強さでは決してないのである。尤も、そんなことは目の前の男たちは理解もしていないだろうが。
「勝算もなしに、私に向かってくるなんて愚か者のすることよ?」
笑う。穏やかで、何でもないような華やかな笑み。
まるで友人か誰かと談笑をしているかのような、美味しいお菓子でも見つけた時のような……普段通りの笑み。
だけれどもそんな笑みを浮かべながらも彼女が行うことは、まさしく蹂躙であると言える。
普通の人間は、『鉄壁』の加護を持つ彼女をどうにかすることなどは出来ない。それこそ何らかの対策を持たなければ、『鉄壁』の加護に向かっていくことなど出来ない。それを彼等だって分かっているはずなのに――。
彼らは愚かであると、彼女はただ思う。
「もっと戦い甲斐があった方が面白いのに。どうしてそんなに数が居るのに協力しないの? 何かしら考えて行動すべきよ。特に私相手には」
心の底から不思議そうに、そんな疑問を口にする。
彼女の瞳は、無垢である。ただただ、煽りのつもりでもなんでもなく、そう思っているだけ。
ドゥニー相手に多数で襲い掛かるのは当然のことだ。幾ら可愛らしい少女に見えたところで、彼女はそんな存在ではないのだから。
『加護』持ち相手に、数少ない人々でどうにか出来るなんてありえないのだ。
「ば、化け物が……!!」
「これだけの人数を相手にしても、息切れ一つしないなんてっ」
化け物、などと言われてもドゥニーは特に様子を変えることはない。ただにっこりと微笑む。
「体力づくりはちゃんとしているもの。この位では疲れたりしないわ」
ドゥニーはただ自分が体力不足で動けなくなるという状況が嫌だっただけである。例えば、そんな状況に陥ったとしても彼女に傷をつけられるものなどまずいないのだが……。
ただドゥニーは、自分の思い描く自身でありたいとそう思っているだけである。
他の誰かに何かを言われたわけでもなく、そうありたいから行動をしているだけ。言ってしまえばそれだけの話だ。
「ふふっ、残念なお知らせだけど持久力で私に勝つなんて難しいわ」
過去に彼女は、長い時間を戦闘したこともある。その間、彼女は倒れなかった。というより、そういった経験があるからこそ余計に彼女は凄まじいほどにたくましかった。
軽い調子で言われた言葉によって与えられるのは、ただの絶望である。
「ひぃいいいいいい」
「こ、こんなのやってられるか!!」
一部の者達は、彼女から逃れようとする。だけれども、敵対する者を逃がしてくれるほどに彼女は甘くはなかった。
「だめだよ?」
ただ、微笑む。
そして気づけば、彼女は逃げだそうとしていた者達に追いついて簡単に気絶させてしまう。
満面の笑みの彼女と、『鉄壁令嬢』に怯える襲撃者たち。なんとも、彼らは正反対である。しかし『鉄壁令嬢』と敵対した者の末路なんて結局そういうものである。
――幾ら彼らが『鉄壁令嬢』に向かっていったことを後悔したとしても、こんな依頼を受けてしまったことを嘆いても、その事実は変わらない。
ドゥニーはただ、自らの力をもって彼らに迎え撃つだけなのだ。
「良い運動になったかなぁ。でもこんな真夜中に騒いだら駄目なのよ? 皆、寝ている時間なんだから、迷惑をかけないようにしてほしいものだわ。私だって寝不足になってしまうもの」
そしてとらえた者達に、ドゥニーはただそんな忠告をするのである。




