53.『鉄壁令嬢』、忠告を聞かない者達を迎え撃つ ①
「ふんふんふ~ん」
ドゥニーは鼻歌を口ずさみながら、空を見上げている。
真っ暗な空。そこに浮かぶ月。星々の輝きを見ながら、彼女は楽し気だ。
代官との話を終えて早数日。彼女はのんびりとした日々を過ごしていた。ドゥニーは、忠告をきちんと聞いてくれたのだろうとほっとした様子をみせている。
向かってくるのならば、幾らでも対処はする。ただし敵対する者が居ない方がずっと楽だ。ドゥニーは弱い者いじめをしたいわけではないから。
彼女は基本的に早寝早起きをする。規則正しい生活をして、とても健康的である。ストレスを感じて眠れないなんてこともない。
今日、どうして起きているかというと――、なんとなくである。
普段はこの時間にはベッドの上でぐっすりだ。ただたまにはこうして起きている。
彼女はいつだって気まぐれで、思い立ったが吉日とばかりにすぐ行動する方である。
「ん?」
しばらくのんびりと月を見上げていたドゥニーは、何かに気づいたように表情を変えた。ドゥニーは基本的にのほほんとしている。とはいえ、彼女は周りへの警戒を怠ることはしない。
そして見つけたのは――こちらに近づいてきている集団である。気配はほとんど隠している。ただし様々な経験をこれまでしてきたドゥニーは、それらの気配に気づくことが出来た。
彼女は『鉄壁』の加護を持つだけでは満足していない。それだけでも戦い続けることは出来るが、自分が楽しく生きて行くためにも努力を怠らない。
『鉄壁』の名を持つ通り、彼女はとてつもなく硬い。どんな攻撃を受けてもそれこそ傷一つつかないだろう。だけれども言ってしまえば硬く、どんな環境でも生きられるだけ。何らかの要因が重なれば身動きが取れない状況にもなりうる。
だからこそ、彼女は加護があるからと驕ることなく鍛錬を続けているのだ。
「こんな真夜中に訪れるなんて迷惑だわ。夜は皆が寝る時間なのに」
不満そうに、ドゥニーは呟く。
幾人もの人々がこの屋敷に押しかけてこようとしていることを彼女は知っている。それでも、慌てることなどは一切ない。
ただ面倒だな、とそれだけを考えている。
「ここの家の夫婦を殺せばいいんだろう?」
「他の者に関しては好きにしてもいいのだろう?」
ドゥニーは、相手側に気づかれないように彼らの傍に近づく。その男たちが屯っている場所は屋敷から少しだけ離れている場所だ。夜の時間帯には、人っ子一人いない。基本的にこんな時間に活動している者というのは、この国では数少ない。
そもそも夜は、魔物も活発に動く時間帯でもある。下手に人の活動圏の外に出ればすぐに命を落とす。それに幾ら外から魔物が入ってこられないように対策はしているとはいえ、紛れ込むことはなくはない。
それに魔物だけではなく、人の悪意が蔓延っている時間帯でもある。女子供は特に、こんな時間帯だと攫われてしまうこともあるだろう。
国としては人身売買などを良しとしていなかったとしても、そういったことは起きている。ドゥニーの祖国でもそうだった。
さて見るからに怪しい集団。
彼らを見下ろすドゥニー。
(数はそこまで多くない。というか私が居るって知っているのに、これだけの数しか連れてこないのは舐められているのかしら? それか、この人たちは私が此処にいることを知らない? 『鉄壁』の加護が侮られるのは嫌だわ)
ドゥニーは、『鉄壁』の加護にそれはもう感謝している。だからこそ、その加護が侮られていると感じることが嫌だった。
加護持ちだからこそ、その加護を与えてくれている存在への信仰心がある意味強いのかもしれない。
(よしっ、私が此処で『鉄壁』の加護の力を見せつけて、神様は偉大だってそう思ってもらおうかな)
――必要なのは、神様の偉大さを伝えること。
ドゥニーは相手を侮っているわけではないが、負けるはずがないとは事実として知っている。そもそも加護を貫通するほどの攻撃力のある相手でないとドゥニーには傷一つ付けることが出来ない。
これまで生きてきて、彼女が傷をつけられたことなどないのである。
故に彼女は、『鉄壁令嬢』と呼ばれるのだ。
「ごきげんよう」
彼女は、真正面から彼らに挨拶をした。
気配一つなく、突然姿を現す。穏やかな笑みを浮かべるドゥニーを前に、彼らは当然驚愕した様子を見せていた。
「は?」
「ご、ごきげんよう?」
何が起こったか分からないといった態度だ。
まさかこんな真夜中に、可愛らしい見た目の少女が突然現れるなどと思わないのだろう。
現実逃避というか、この場にドゥニーが居ることを信じられないと言った様子だ。だからこそ即座に反応は出来ない。
「ねぇ、あなたたち、商人を殺そうとしているのでしょう? 駄目よ? そんなことをするなら、私が相手になるわ」
彼女がそう言って微笑むと、彼らは警戒したように武器を持った。
「『鉄壁』の加護を持つ私、『鉄壁令嬢』をそれだけの人数で倒せると思うのならばどうぞ? かかってきたら?」
武器を持つ男たちを前にドゥニーは涼し気に笑った。




