52.『鉄壁令嬢』は代官と会話を交わす。②
「自棄になってとんでもない行動をされるのは私も困ります」
「よね? ならちゃんと協力しなさいね。商会に手を出している方々の名前は共有しておくから、代官として調べられるだけ調べて欲しいわ。それで注意をするの。それでも駄目なら、考えないとね。調べていくうちにとんでもない行動をしているのならばきちんと罰せられるべきだわ」
まだその連中がどこまでやらかしているかは不明である。しかし敵対するものの命を奪おうとしたり容易に行おうとしているのだからまともであるとは言い難い。
法律や倫理にそった行動ではなく、そこから外したことを躊躇せずに行う生物なんて言ったところで聞かない可能性も高い。
「ちなみに元々理不尽で不当な契約を結ばされたことがきっかけらしいのだけど、あなたの上司である貴族はそれを良しとしているの?」
「……それは確認しなければ分かりません。ただそんな契約を良しとしているのならば、国から処罰されることは当然でしょうね」
代官はそう言いながら、自分にまで損害がくるのは嫌だなと思っていた。
あくまで彼は代官でしかなく、この領地での決定権を正しく持っているわけではないのだ。
「もしその貴族があなたのせいにして、蜥蜴のしっぽ切りのようなことをしようとするのならば私が証言してあげるわ」
「……それは有難いです。そもそも『鉄壁令嬢』の名や力に関しては貴族やそこに仕える者達は少なからず知っています。あなたを敵に回そうとする者は早々居ないでしょう。すぐに対応は終わるかと。ただ幾ら早めに伝令を飛ばしても数日はかかります」
「それならよかった。身体を動かすことは好きだけど、量が多いと大変だもの」
穏やかな笑みを浮かべるドゥニー。上品な笑みで、物騒なことを言っている。
その言動から分かるように、彼女はどんな敵が来ようとも負ける気は一切ないのである。相手の人数が多いのならばそれはそれで全員蹴散らすだけである。
『鉄壁』の加護というのは、それだけ強大なのだ。
その加護を持つが故に、ドゥニーをただの貴族令嬢としてみる者は本当に少ない。彼女が加護持ち令嬢だから。
どうしても貴族令嬢としての立場よりも、『鉄壁令嬢』であるという認識を持たれてしまう。
――それはドゥニーにとって当たり前のことだった。
(私の『鉄壁』の加護を理解してもらえるのは嬉しい。私はどんな相手にだって負けるつもりは全くない。神様からもらった加護は十分に使いこなせた方が楽しいもの。ただ強敵が出てくるならそれはそれで楽しいからいいんだけどなぁ。ただ弱い人たちばかりの相手をするのは、楽しくないからもっと戦い甲斐がある人の方がいいと思うのよね)
ドゥニーは、割と身体を動かすことも戦うことも好きだ。
だからそんなことを思考している。
「なるべく……ドゥニー様のお手を煩わせないようにはする予定です。ただしあくまで出来る限りなので断定はできませんが」
「うん、それで大丈夫よ。私一人で全部力づくで片付けてもいいけれど、それだと誰かの血を流すことになったりするかもしれないもの。それよりは平和的に問題解決した方がずっといいの」
代官は『鉄壁令嬢』が平和的に問題解決をしようとしていることに少し驚いた様子だ。『鉄壁令嬢』などと呼ばれ、凄まじい逸話を沢山持ち合わせている彼女はもう少し荒っぽいように見えているのかもしれない。
「ドゥニー様が……平和主義者で良かったと思います。あなたが戦闘狂だったりしたら、大惨事だったはず……」
「それはそうね。亡きお母様は『やりたいことはやりたいように、好きなように生きればいい』とおっしゃっていたけれど、私がやりすぎてしまった際はいつも注意していたわ」
「……『鉄壁令嬢』を注意」
「ええ。お母様は凄いでしょう? それだけじゃなくてお父様やお兄様達だって、私のために言葉を尽くしてくださっていたわ。だから私は家族に迷惑をかけることはしないわ」
にっこりと笑って告げたドゥニーの言葉を聞いた代官は「『鉄壁令嬢』は家族に恵まれていたのだな」とそんなことを心の中で思った。
そしてその家族達が加護を利用する人間じゃなかったことに安堵している。
――もし、仮に『鉄壁令嬢』の家族がその加護を利用することだけを考え、そんな教育をされ続けてきたのならば……彼女は人類の敵にでもなったのかもしれないから。
「良き家族に恵まれたのですね。……しかし婚約を解消してこちらにきたと聞きましたが」
「異国の地が気になったのだわ。だから此処にいるの」
「あー、そうですか……」
『鉄壁令嬢』からしてみれば、婚姻などというものは相手から決められるものではないのだなと代官は改めて思ったようだった。
そしてしばらく話した後、ドゥニーは代官の屋敷を後にした。
これで問題が解決すればいいと彼女は思っていたが、その数日後に事は起きた。




