5.『鉄壁令嬢』、魔物を蹴散らす。
ウォオオオオンと、鳴き声が響く。
ダニエスと楽しく会話を交わしていたドゥニーの目が、楽し気に輝く。
その赤色の瞳は、獲物を見つけたような雰囲気を醸し出している。
馬車が停車したのは、魔物の対応をするためだろう。
ドゥニーは馬車の外に出ようとして、ダニエスにがしっと腕を捕まれる。
「お嬢様……何をしようとしているのですか」
「魔物でしょう? 相手にしたいなぁと」
「……一応嫁入りしようとしている令嬢なのですから、道中で魔物を相手にしようとしないでください。お嬢様がお強いのは知っていますが」
「えー」
「それにお嬢様は好奇心旺盛なので、例えばその魔物が興味深ければ生態調査とかいってしばらく戻ってこなくなるでしょう」
「ええ」
「ええじゃありません! そういう寄り道をしていたら幾ら経ってもつかないでしょう!」
ダニエスの言葉にドゥニーは不満げである。
ドゥニーは、魔物を倒すということも令嬢なのにやっていた。自分が『鉄壁』の加護を持っているからと言って危険な所にどんどん飛び込むドゥニーだが、死にたいわけではない。
好奇心の赴くままに魔物の巣に向かい、そのまましばらく身動きが取れなくなった経験から戦う術もドゥニーは身に着けている。
……戦う術を身に着けてからより一層ドゥニーは好き勝手動くようになってしまったわけである。
さて、ドゥニーは魔物と戦うこともそれなりに好きである。身体を動かすことも好きであるし、見たことがない魔物を見るとホイホイとついていってしまう。
好奇心旺盛なので、ドゥニーは割とちょろいのである。
「分かってるわ。ちゃんと他国の王様を待たせているのだから私だってそこまで寄り道はしないわよ」
「……本当ですか?」
「なんだか信じてなさそうね? 本当よ」
にっこりと笑われて、ダニエスには真偽が測り兼ねた。
ただドゥニーは嘘をつかない素直な性格なので、一応待たせる気がないことは分かる。
「それより、ちょっといってくるわ。時間かかっているもの!」
「お嬢様、せめてグローブつけてください!」
「わかってるわ」
ドゥニーは、魔物退治が長引いていることが分かったので馬車から降りようとする。
ダニエスは諦めた。
ドゥニーは、茶色のグローブを身に着ける。
……ちなみに以前は『鉄壁』の加護があるため、素手で魔物を殴り倒していたら家族に泣かれたためグローブを身に着けるようになった。
「神様、『鉄壁』の加護をありがとうございます。今日も使わせてもらいますねぇ」
『鉄壁』の加護は基本的に無意識に発動するものである。ドゥニーの意識外で、ドゥニーを害しようとするもの全てからドゥニーを守るものだ。
だけども、ドゥニーの意思で『鉄壁』の加護を使えないわけではない。
例えば今、馬車から降りたドゥニーは魔力を身体に纏うと、騎士が相手にしている大きな狼のような魔物の元へと近づく。
そして、思いっきり『鉄壁』の加護で硬くした拳で魔物を殴った。
……狼の魔物が悲鳴を上げる。
「うん。今日も『鉄壁』の加護は良好」
満足気なドゥニーは、そんなことを言ってにこにこしながら狼の魔物を殴り殺した。
一匹がそういう悲惨な死に方をしたので、他の魔物たちもおびえたように逃げ去って行った。
「あら、残念だわ。もっと殴りたかったのに」
中々物騒なことを呟き、残念そうに頬に手を当てる。
……ドゥニーの護衛としてついてきていた騎士の中で、ドゥニーのことをよく知らない騎士が卒倒していた。
ドゥニーのように見た目のか弱い令嬢が、魔物を殴り殺して笑っている様子が衝撃だったのだろう。
「あら、どうしたの? 大丈夫かしら?」
ドゥニーは自分のせいで、騎士が倒れてしまったなどと思っていないので心配そうにしていた。そして周りの騎士たちに馬車に戻るように言われ、戻った。
「ただいま、ダニエス」
「おかえりなさい。お嬢様。ちゃんと戻ってきてくださり、ほっとしております」
「ちゃんと戻ってくるに決まっているわよ」
「また殴ってきたんですよね?」
「ええ。やっぱり『鉄壁』の加護は最強だわ。魔法も補助には使うけれど、『鉄壁』の加護が一番よね」
貴族は魔力を持つ者が多いため、ドゥニーが魔法を使えるのはある意味当然である。
ただし『鉄壁』の加護が作用してか、ドゥニーが危険なことにどんどん飛び込むからか、ドゥニーの魔法はどんどん上達し、物騒に成長している。
ダニエスからしてみれば、なんでお嬢様は大貴族の令嬢なのに魔物を殴って倒すんだろう……と思ってしまう。
まだ魔法を使って倒すとか、剣を用いて倒すとかの方が貴族らしい戦い方だ。
というか、一般的な戦い方だ。
ドゥニーはとりあえず殴って、蹴って、そんな感じである。
「お嬢様、道中はそれなりに魔物なども出ますが、毎回は飛び出さない方がいいと思います」
「えー、どうして?」
「どうしても何も騎士たちの護衛の仕事を奪わないでください」
ダニエスにそんな風に言われて納得したドゥニーは、その後は飛び出すのは時々になった。