48.『鉄壁令嬢』は騎士団の詰所で対応する
『鉄壁令嬢』。
その名は知る人ぞ知る者だ。
すくなくともドゥニーの祖国では、その名も、その姿も大いに広まっていた。それこそ知らない人はいないほどに。
彼女はそれだけ、自分のやりたいように生き続けていたのだから。
ただし当然のことながら、砂漠の国サデンでは少しずつ広まっている程度である。やらかしているのは確かであるが、そこまで大々的に……誰もが知っているほどに事件を起こしているわけではないのだ。
だからこそ、噂は知っていても目の前の彼女と結びつかないというのはよくある話だ。
ドゥニーは黙っていれば愛らしい少女でしかない。それこそ周りから守られる他ないような、か弱い存在。
けれどもドゥニー自身は、全くもってそのような存在ではない。
「本当にあの『鉄壁令嬢』なのか?」
「『鉄壁令嬢』は陛下の妃の一人だろう? こんなところに居ることがあるのか?」
「ただかたっているだけでは?」
そんなことを口にする者は、それはもう多かった。ドゥニーはどうするべきかと一瞬悩んだ素振りを見せている。
このように、自身のことを信じない者というのに慣れてはいる。
ただドゥニーに連れてこられた捕まっている男は、周りの騎士達の態度に顔を青ざめさせている。それはドゥニーに対しての恐怖でいっぱいだからである。
手を出したらどうなるか分からない。幾ら見た目が可愛らしいとしても、その本質は危険であるというのを十分に理解している。
「んー、どうしたら信じてもらえるかしら? 戦う?」
無邪気な瞳でドゥニーは彼等のことを見つめる。その笑顔を向けられた一部は、どきりっとしているのか頬を赤らめている。
ドゥニーの笑みは、愛らしいのだ。それこそこんな場では似つかわしくないほどに。
こんな場所で浮かべる笑みではないと、そのギャップに逆に恐怖する者達も当然いる。彼らは理解出来ない存在を前に、怖れているのだ。
「戦う……とは?」
「本当に詐称しているわけではなく……、噂の『鉄壁令嬢』だと?」
ドゥニーの態度が如何に普通とは異なったとしても、証拠もないのに本当に『鉄壁令嬢』であるのかと疑うのはある意味正しい行動である。騎士というのは無条件にただやってきたものの言葉を信じるわけにもいかないのだから。
「私のことが信じられないんでしょ? だから戦ったら分かるよ? 私、強いんだよ?」
にっこりと微笑み、無邪気な様子を見せるドゥニー。
彼女は身体を動かすことがとても好きである。それでいてこうして話しても仕方がない相手には戦った方がいいとそう思っている。
「し、しかし……」
「ほら、避けないとぶっ飛ばすよ?」
ドゥニーは貴族令嬢であるが、かなり物騒である。有言実行とばかりに拳を顔の前で寸止めする。それは一瞬の出来事である。彼女の動きは素早い。
『鉄壁』の加護を持つことを抜きにしても、身体を鍛えている彼女は素早いのであった。
ドゥニーがそんな行動をすれば、すぐに騎士達は戦闘態勢になる。流石にここまでされれば戦うことを余儀なくされたと判断したのだろう。
満面の笑みを浮かべている。ただこの状況を楽しんでいることが分かるだろう。
向かっていく騎士達は、流石に素手のドゥニーには武器は向けない。
(んー。剣を向けてもらった方が楽しいのにな。そうじゃないとすぐに終わっちゃう。こういう騎士達って、凄く甘いよねぇ。私の見た目が弱そうに見えるのはそうなんだろうけれど、自分から『鉄壁令嬢』であるというのを伝えているのにそれでもこうなのは……私が殺す気だったらすぐに死んでしまうわね)
もちろん、彼女はわざわざ無意味に命を奪う気はない。自分が強者であることを自覚しているからこそ、ドゥニーは必要以上に殺生はしない。
だからドゥニーが殺しを楽しむような人間だったら大変なことになっただろう。
素手で向かってきた相手を、一人一人丁寧に気絶させていく。向かってくる手や足はなるべく避けているが、そもそも当たった所で『鉄壁』の加護により、傷一つつかない。寧ろ衝撃を感じるのは、相手側だ。
彼女はひたすら硬いのである。
悪意を持って向かってくれば即座に加護が発動するのだから、神様の力というものは不思議なものだ。
加護と共に生きているドゥニーも、それについて分からないことだらけである。
「一応手加減したけれど、大丈夫かしら? これで私のことを『鉄壁令嬢』だと信じてくれるといいけれど」
結果として、気絶する騎士達のすぐ隣に立つドゥニーは良い笑顔である。こんな風に暴れ回ったことが楽しかったのだろう。
「まだ信じてくれないなら、もっと戦う?」
そして何処までも好戦的である。
まだまだ暴れたりないとばかりにそんなことを言う彼女。
……流石に騎士達は慌てた。これ以上、騎士達を気絶させられたらたまったものではないと声をあげる。
「わ、分かりました」
「あなたが『鉄壁令嬢』だと信じます」
ようやくそう言われて、ドゥニーは詰所の中へと誘われるのであった。