46.『鉄壁令嬢』、商人夫婦を街へ送り届ける
ドゥニーはごきげんである。楽しそうににこにこと笑いながら途中途中で魔物を蹴散らしているのである。
護衛の冒険者達も少なからずいるので、全てどうにかしているわけではない。彼らの仕事を全て奪うわけにもいかない。
戦う力を持つ者達は、ドゥニーの強さを前に感服している。見た目などで侮りたくなってしまうものだが、それらの全てを物理で黙らせるのが彼女である。
産まれた時から『鉄壁』の加護を持つからこそ、そうやってこれまで生きてきたのである。その加護を持つからこそ、彼女の人生は平穏で、だけれどもだからこそ狙われてきたともいえる。
加護持ちというのは特別である。その存在が一人いるだけでも国やその周辺諸国にさえも影響を及ぼすものだ。ドゥニーの『鉄壁』の加護もそうだ。名だけ聞けば、ただ硬いだけといったものにしか思えないかもしれない。それに彼女自身が比較的おとなしい性格というか……少なくともその力を不要に使おうなどとは一切しない。
もし彼女がその力を戦争や侵略などに使っていれば大変なことにはなっただろう。
――そうしているうちに目的地である街へと到着する。
「まずは取引を終わらせにいってきます。ご同行いただいてもいいですか?」
「もちろんよ。その間の気配はきちんと探っておくね?」
ドゥニーはにっこりと笑っている。
彼女自身は自分の身を守ることは簡単に出来る。『鉄壁』の加護は、彼女を傷つけさせることなどないのだから。ただそれは周りの生物たちには適用されない。彼女は無事でも、周りは簡単に死んでしまう。それに環境だって破壊されるだろう。
――そのような場でも、『鉄壁令嬢』は命を失うことはない。
しかしそれでは、誰かと生きていくことなどまず出来ないのである。彼女が誰かと関わることなく、喋ることもせずに生きていくのならば自分一人が無事であればそれでいい。ただドゥニーは、意図と共に生きていくことを望んでいる。
だからこそ、周りがそのたった一つしかない命を失うことがないようにと、気を配るのは当然のことなのだ。
「……姉御。こんなことに関わっていて大丈夫でしょうか」
「ガロイク、何か不安なの?」
「そうですね。……姉御が幾ら強くても、こういったことに陛下の妃である姉御を関わらせていいのだろうかと」
「んー? 私がやりたいようにやるの。ガロイクがこうして関わるのが嫌だったら先に帰ってもいいよ? あと一応妃的な立場ではあるかもだけど、実情は伴ってないから違うと思うわ」
ガロイクは心配するようにそう言っているが、ドゥニーにとっては祖国に居た頃から様々な事件に関わっていたのでこの程度は特にそこまで気にすることではない。第一、此処でドゥニーが手を引いたら商人夫妻の命は保証されない。危険であることを知った上でこのまま放っておくというのはする気はない。
「まぁ、それはそうですけれど……あと俺は先には帰りません。流石に姉御を一人でおいていくのは出来ませんし」
「でも本当に命の危険があったら逃げるように。私はどういう場面に遭遇しても死ぬことはないけれど、ガロイクはか弱いんだから」
ガロイクはそんな言葉を言われて微妙そうな顔をした。確かにドゥニーからしてみれば、他の生物というのは全てか弱いものかもしれない。しかし大の男が愛らしい少女からか弱いなどと言われれば複雑な気持ちになるのは当然である。
商人夫婦が取引先へ向かう最中もドゥニーは相変わらずいつも通りであった。誰かから狙われている状況だとはとてもじゃないけれども思えないだろう。だけれども実際に危険な状況であることには変わらない。
商人夫婦には味方が居ないわけではないようで、街についてからその知人たちも同行している。ドゥニーの戦う姿を見ていない商人夫婦の知人の男性は、まさか目の前にいるのが『鉄壁令嬢』だとは思えないのか心配そうだ。それにこの国は、ドゥニーの祖国からはかなり離れている。幾らこの国でドゥニーが様々なことをやらかしていたとしてもまだまだ国内中に浸透するほどではない。
――さて、そんな中で話をしながら取引先へと向かっていると、ドゥニーは一つの気配に気づく。
それは商人夫婦が運んでいる商品を傷つけようとしているように見えた。魔法を行使しようとするその存在に気付いたドゥニーはすぐさまその存在を拘束する。それは一瞬の出来事である。まだ武力行使しなかったのは、此処が街中だからというのもあるだろう。
あとは別に殴りつけるほどの緊急性がなかったから。拘束するだけでも魔法の発動を防ぐことは出来る。
「ド、ドゥニー様、その男は?」
「商品を駄目にしようとしている感じだったので捕まえたの。ちょっと情報吐かせますわ」
満面の笑みでドゥニーはそう言ったかと思えば、そのまま男を尋問し始めた。