4.『鉄壁令嬢』、馬車に揺られる。
「ふんふふふ~ん」
ドゥニーは馬車の中で、それはもう楽しそうに鼻歌を歌っている。
楽しそうな様子に、ドゥニーについて異国の地へと向かう侍女の一人ダニエスが飽きれた様子を向ける。
「お嬢様は本当にいつでも楽しそうですね。こうして見知らぬ土地に行こうとしているのに」
「だって楽しいじゃない。これから先、見たことがない景色が沢山あるってことよねぇ。見たことない魔物とか、食べたことない果物とかそういうものが沢山あるなら楽しみでしかないもの」
「お嬢様って底抜けに前向きですよねぇ」
「だって経験した事のないことってきっと楽しいでしょう?」
「新しい出会いや新しい出来事を不安に思う方もいるんですよ?」
「えー、どうして? 楽しいことしかないと思うのだけど」
ドゥニーは不思議そうにそんなことを言う。
なんでも楽しむドゥニーからしてみれば、そういうことを不安がる人たちの気持ちは理解できないらしい。
「お嬢様は一応、サデン国の王に嫁ぐことになっているんですよ。今まで通りに自由に、好き勝手にしたら周りがびっくりしてしまいますから、くれぐれも少しずつならしていくんですよ。前にいきなりお嬢様が五階から飛び降りてその場に居た庭師の方の心臓が止まりかけたのを忘れてはいけませんよ」
「ええ。分かってるわ」
「……本当ですか? 人はびっくりしすぎたら様々な反応をしますからね。私はお嬢様がどういう行動をしようが、もう慣れてますけれど……でも普通に考えてみればわかりますよね? 普通の人はか弱い令嬢にしか見えないお嬢様が高所から飛び降りたり、ドラゴンに食べられたり、毒沼につかったりなどという真似をしたらびっくりしますからね」
「でも私の『鉄壁』について説明が少しはされているなら大丈夫じゃない?」
「……お嬢様、加護持ちっていうのは珍しいのですよ? サデンなんていう田舎の国が加護もちの存在をどれだけ理解していると思っているのですか」
「あら、そんな悪口みたいなことを言っては駄目よ?」
「悪口ではなく事実です。ピレオラ王国よりも田舎も田舎ですからね。一面が砂漠に覆われた国なんて想像が出来ません」
「でもそれはそれできっと楽しいわ。砂漠って潜ったらどんな感じなのかしら」
「潜ろうとしないでください。幾ら『鉄壁』の加護を持つお嬢様でも身動きを封じられれば大変でしょう」
「そうねぇ。ふふっ、それで自分では本当にどうしようもなければ、王子様の助けを待つお姫様の気持ちにでもなれるのかしら」
「……砂漠の奥底とかでですか? 絶対におかしいシチュエーションですからね。そういうのはですね、悪人に攫われ城か屋敷に閉じ込められているお姫様を王子様が助けに来るのが王道です。お嬢様が動けない状況になる場所なんて危険エリアでしかないでしょう。そこに助けに来る王子様ってなんですか? そんなのロマンがありません」
「本当にダニエスはそういう書物が好きねぇ」
ドゥニーはのほほんとしている。
ドゥニーの『鉄壁』の加護は、彼女のことを守るものである。
どんな環境でも生き永らえられる加護。だけれども対処法がないわけではない。……まぁ、生を受けてから十六年の間にドゥニーも対策をしているのでまずよっぽどのことがないとドゥニーをどうにかすることは出来ないだろうが。
「そうですよ。ああいうものはときめきます」
「実際にダニエスにはそういう相手はいないの?」
「いたらお嬢様についてきません! こほんっ、お嬢様もサデン王国の王様のことを好きになれたら一番丸いのですが」
「どうかしら? 私は恋もしたことないもの。恋をしたらどういう気持ちになるのかしらね」
「お嬢様に恋をされた相手が、お嬢様の加護を受け入れてくれる方だといいのですが」
「私の『鉄壁』の加護は最強で最高なのに、怖がる方多いわよねぇ」
「『鉄壁』の加護をというより、お嬢様の行動を怖がっていたり引いているんだと思います。もう少しおしとやかにすればお嬢様も深窓の令嬢に見えるのに」
「私は私のやりたいように生きるって決めているもの。そんな私を受け入れてくれる人がいいわね」
「お嬢様がそれだけ自由で生きられるのって本当に加護のおかげですよね」
「ええ。だから私の『鉄壁』の加護は本当に最強で最高なの!!」
ドゥニーはそんなことを言いながらにこにこしている。
本当に心の底からそう思っているのだろう。
加護もちというのは、それだけ特別な存在である。ドゥニーには『鉄壁』の加護があったからこそ、ドゥニーはこれだけ自由気ままに生きられる。
だからドゥニーは自分の加護のことが大好きである。
そんな会話を交わしながら、ドゥニーは馬車に揺られている。
……砂漠の国までの距離は遠く、馬車では結構な時間がかかるのだが終始ドゥニーは楽しそうだった。
さて、その道中でドゥニーにとって面白いことも起こっている。