32.『鉄壁令嬢』、研究者から聞いた崖の上で窪みを見つける。
ドゥニーはひとまず、倒した魔物たちの死体から肉をはぎ、もぐもぐと食べている。
この魔物の死体を下にまで降ろすことはまず無理なので、諦めてそのまま放置することにしたらしい。
人里に近い場所であれば適切な処理をしなければいけないが、此処は人が踏み入れることがない場所だ。今も既にその死体を物欲しそうに見ている魔物たちの姿が映っている。
ドゥニーが魔物と戦っている様子を見て恐れているのか、近づいては来ていない。
(うん。この死体は諦めてあの魔物たちにあげよう。今度来る時は荷物を持ち帰れるように色々調整しておかないとダメかなぁ)
ドゥニーはそういう結論に至って、ひとまずその魔物の死体は放置する。
彼女が死体から離れれば、遠巻きにしていた魔物たちが死体へと群がり、貪っていく。
そのおぞましい光景を見ても、彼女は顔色一つ変えない。
彼女は崖の上を軽い足取りで、楽しそうに歩き始める。
その誰も足を踏み入れたことのない崖の上は、少し見た限りはあまり崖の下と変わらないように見える。
しかしそれはまだ少ししか見ていないからかもしれない。
なので彼女はがっかりした様子も見せずに、崖の上の探索をしている。
高い場所にあるからだろうか。この場所は崖の下とは空気が違った。とはいえ、『鉄壁』の加護を持つ彼女はそういうものも全く影響していない。
その加護はどんな場所でも、どんな環境でも生きていける。
例えば人類が滅亡の危機に陥ったとしても、彼女だけは生き続けるだろう。
「おっ」
ドゥニーはしばらく楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いて、面白いものを見つけた。
それは少しだけくぼんだ場所である。でこぼことして、くぼんだ部分に魔物たちの姿が沢山見られる。
(崖の上のくぼみかぁ。地上からだと絶対に見つからないエリアだよね。それに砂が沢山たまっている。砂の中にも魔物がいるのかな? こういう上の方にたまっている砂ってどこから来たんだろ?)
彼女の心はずっと好奇心だけが渦巻いている。
そこに何が待っているのだろうか。どういう魔物が生息しているのだろうか。
それを考えるだけで彼女はワクワクしている。
そのくぼんだ部分の面積は、結構広い。
そこにはいくつかのサボテンや植物が生えており、地上と似ているようで少し違うような、そんな場所である。
彼女の姿を見た魔物たちは、愚かにも襲い掛かってきた。
この場所で生きている魔物たちは、人というものをまず見たことがないのだろう。この場所は、人が訪れることのまずない場所だから。
人が崖の上を目指す中で、空を飛ぶ魔物はそれを落とそうと攻撃してくる。しかしその窪みの部分にいる魔物たちに関してはそういう上に登ってくる人と対峙したこともなければ、地上へと降りることもないのかもしれない。
(この崖の上でだけずっと暮らしている生物かぁ。どういう風に此処に行きついたのかな?)
そんなことを考えながらドゥニーは楽しそうに、魔物を殴っている。
その窪みで暮らす魔物たちは、地上にいる魔物と似ているようで体色などが異なっている。微かな違いがあるものの、何処か似ている。
崖の上と、崖の下。
明確に違う環境でも似ているのだから、元をたどれば同じなのかもしれない。
殴る。殴る。殴る。
やっていることはそれだけ。
時折、それを掴んで口にして、美味しそうにもしゃもしゃと食べる。
やっていることはそれだけである。
徐々にドゥニーという少女が、自分たちではどうしようもない存在だと理解したのだろう。
その魔物たちはひいていった。窪みにたまっている砂の中や落ちている大きな岩の影へと隠れていく。
(どのくらい深いんだろう。ちょっと手を突っ込んでみよう)
砂の中に何が潜んでいるのか全く分からない状況で、手を突っ込む。
思いっきり手を奥まで突っ込んでも、行き止まりには辿り着かない。
思ったよりも奥が深そうなので、彼女は掘ってみることにする。
道具などは持ってきていないので、全て素手である。なんとも野生的である。
掘って、掘って――、砂の中へと潜んでいる魔物たちが驚いて出てくる。その魔物をそのまま食べたりしながら、掘り進め、ドゥニーが二人分縦に並んですっぽり入るぐらいでようやく行き止まりに辿り着いた。
(なるほど、この位かぁ。崖の上でこのぐらいなら、地上だともっと深いのかな? あとはこの場がこのぐらいの深さなだけで、もっと奥深くまで続いている場所もある?)
彼女はそんな思考に陥って、今度は横に掘ってみる。
砂の中を進んでいく……と、そこで宝石のような輝く石を見つけた。
巨大な赤と緑の二色が混ざり合った、ドゥニーの顔と同じぐらいの大きな石である。
(なんだか珍しそうなもの。これは持ち帰ろうかなぁ。他にもあるのかな?)
このぐらいの石ならば持ち帰れるかもしれないと、ドゥニーは持って帰ることを決める。
そして他にも同じようなものがあるのか、また探し始めたのだった。