31.『鉄壁令嬢』、研究者から聞いた崖の上で鳥の魔物と戦う。
崖の上へとようやくたどり着いたドゥニー。
そのドゥニーを阻むのは、先ほど彼女の邪魔をしていた鳥の魔物である。その魔物は、崖の上にまでたどり着いたドゥニーのことが大変気に食わないらしい。
「もぅ、どうしてそんなに怒っているの? ちょっと上に登っただけなのに」
折角見たことのない、誰も足を踏み入れたことのない楽しい場所に来られたのに魔物からそんな風に怒りを向けられてドゥニーは呑気にそう口にしている。
目の前に怒り狂っている魔物がいるというのに、本当にのほほんとしている。
その魔物はドゥニーに向かってとびかかってくる。
鋭く伸びた爪がドゥニーの身体を傷つけようと襲い掛かってくるが、当然それは彼女にかすり傷一つつけない。今度は彼女を崖の下へと落としてしまおうと動き出す。
彼女自身が翼を持たず、空を飛べないことをきちんとその魔物を理解している。
――宙を舞えるということは、それだけで大きなアドバンテージである。ひとたび空へと上がられてしまえば、手出しをするのが難しくなる。それでいて地面が存在しない場所でも移動が出来る。
そういう相手が襲い掛かってきても、ドゥニーはいつも通りである。
足場を確認すると、彼女はその魔物へと向かっていく。その足を掴む。
不意に足を掴まれたその魔物は、抵抗する。しかし彼女の力は強く、その手は離されない。
魔物の力というのは、人のものよりも強いものだ。本来ならば魔物に力いっぱい抵抗されれば素手の人間が太刀打ちは出来ない。しかしそこは加護と魔法の力が可能にする。
「よいしょっと」
足を掴んだまま、彼女はその魔物を思いっきり振り回す。
このまま投げ飛ばしてしまえば崖の下に落としてしまう可能性があるので、一旦、地面へとたたきつける。
悲鳴をあげるが、その魔物はよっぽど頑丈なのかそれでもその命を失わない。
何度も何度も、大きな音を立てて魔物の身体がたたきつけられる。そうすること二十回ほど、ようやくその魔物が動かなくなった。
「気絶? まだ死んでない? 凄い丈夫ねぇ」
その魔物はまだ死んでいなかった。
それだけ丈夫であることに、彼女は驚いた様子を見せる。
今まで彼女が対峙してきた魔物たちよりも丈夫だったので、ドゥニーにとっては面白くて仕方がない様子である。
(これだけ丈夫な魔物って、楽しい!! もっとこの崖の上にはこんな風に楽しい魔物が沢山いるのかしら)
それを考えるだけで、満面の笑みを浮かべるドゥニー。
ちなみににこにこしながら、戦っていた魔物の息の根を止めるべく、首を切断していた。……笑顔で、その辺にあった硬い何かの破片を使ってである。
(それにしてもこの破片、どこから来ているんだろう? 向こうの方になんか風が流れている感じがあるから、下の方から飛んできている? それとももっと違う所からきているのかな)
そんな風に思考しながら、彼女はじーっと、魔物の死骸を少し眺めていた。
そうしていれば、仲間がやられてしまったことを何らかの方法で知ったのか、いつの間にか彼女の周りには先ほどの鳥の魔物と同じ個体が十数体ほど飛んできていた。
「わぁ」
はたから見れば絶望的な状況でも、彼女はまるで玩具を見つけた子供のように声をあげた。
いや、実際に彼女にとってはそれは玩具であると言えるだろう。――玩具というのは子供に遊ばれるためにあるものである。
その十数体の魔物も彼女にとっては玩具であり、獲物でしかない。
目をキラキラさせて、怒り狂う魔物たちに向かっていく。
鋭い爪も、嘴も、驚くことにその鳥の魔物の一部の口から放たれた炎も――すべてが『鉄壁』の加護を前では無意味でしかない。その『鉄壁』の加護は、どんなものも彼女を傷つけさせない。
炎の中に包まれようとも、十数体の魔物に群がられようとも、それでも彼女は笑っている。
――幾ら攻撃を繰り出しても傷つくことが全くなく、それでいて怯えた様子も見せないなんて恐怖の対象でしかない。しかしその魔物たちは驚くことに逃げなかった。
もしかしたら仲間がやられた際は向かっていくといった本能でも刻まれているのかもしれない。
ただ崖の下に落とされてしまわないように、というそれだけをドゥニーは気にしながら魔物を殴ったり、掴んでたたきつけたりをしていく。
そうしていけば、その魔物たちは息絶える。
……そこに立っているのはドゥニーだけである。愛らしい見た目の少女と、その周りに落ちている無数の死体。魔物の血がその場に充満しており、なんとも地獄絵図である。しかも何を思ったのかその魔物をバクバク食べていたりもする。どちらの方が魔物なのか分からない……。
「んー。生だとこんな味かぁ。料理したらどうなるかな? でもここから持ち帰るのちょっと大変だよねぇ」
満面の笑みを浮かべたまま、『鉄壁令嬢』はそんな楽しいことを考えていた。
崖の上の魔物を倒した後に、なんとか持って帰れないかとそういうことで頭がいっぱいらしかった。