21.『鉄壁令嬢』、砂漠の王の妃たちに引かれる。
グーテとドゥニーのやり取りを聞いていた他の妃たちの表情の変化はそれはもうすさまじかった。
暴れてもない、殴ってもない……などというのは、少なくとも普通の少女が口にするものではない。それにどこかドゥニーが無邪気な様子を見せているのが余計に周りを驚愕させる。
――その見た目からは似合わない単語が、発せられていると。
「シミ一つ、ついていないなんて……。本当に彼女に『鉄壁』なんていう加護が? いえ、私は騙されませんわ。きっと何かしらの魔法がかけられているのでしょう」
キッとその瞳を細めてドゥニーを睨みつける、一人の妃。
それは先ほどまでグーテに向かって、ドゥニーに関することを嘘だと決めつけていた存在である。
その妃の名前は、ウラレイ。
現実主義者である彼女からしてみれば、この程度ではドゥニーが『鉄壁』の加護を持つとは思えないのだろう。
先ほどのドゥニーの暴れるだの、殴るだのの言葉に関しては冗談とでも思っているのかもしれない。
そういうわけで彼女からしてみれば、ドゥニーは何らかの事情で虚言を言い放っているとでも思っているのだろう。
ドゥニーは睨みつけられてもおびえた様子もなく、ウラレイに向かってにっこりと笑う。
その表情を見て、一瞬ウラレイは拍子抜けしたのか、驚いた顔をする。だけどすぐにその表情は戻る。
「ドゥニー様、貴方は祖国で王族から婚約破棄をされたのでしょう。だからといってこの地で立場を確立するためとはいえ、そのような嘘を言うのはやめなさい。別に私は貴方を排除しようとは思っていませんし、そのような嘘がなくても、貴方が大人しくしてあげるなら守ってあげないこともないわ」
そう言い切るウラレイ。
悪い人間ではないのだろう。寧ろドゥニーのことを守ろうという意思もあるようだ。
「殿下は怖がりですから、私のこと怖がってましたからねぇ。あと『鉄壁』の加護があるのは本当ですよ。私の自慢の加護です。あと守ってくれなくても自分の身は自分で守れます。私のことを害せる存在なんてこの世にほとんどいないと思いますし」
「……素直に虚言を認めてくださればいいのですよ? いつまで虚勢を張るのですか?」
「んー。どうやったら信じてもらえますかねぇ。あ、そうだ、思いっきり私に何か物投げつけてみます?」
「はい?」
「それとも切りかかるとかででもいいですわ」
「はい?」
「それか猛毒とか、そっち系でも何も問題ありません」
「……何を言っているのですか?」
ドゥニーの提案に、ウラレイは何を言っているんだとでもいう風にドゥニーを見る。しかしドゥニーはあくまで真剣である。
「私にはそれらすべてが利かないので、そのあたりを見せたらいいかなと思いまして。あ、でも私のドレスに何らかの魔法がかけられているって思っているんでしたっけ。ならこの服脱ぎましょうか?」
「や、やめなさい。ここには男性もいるのですよ」
「んーと、じゃあ貴方たち、こっちみたら殴るわ。だから向こうむいて。これでいいですか? 脱いで下着姿になれば問題なしですね!」
「脱ごうとしないでくださいませ! 貴方には羞恥心と危機感がないのですか?」
「だって必要なことですよね? あと危機感は特にないです。私に例えば殿方が襲い掛かってきても全部どうにでも出来ますし。それよりも貴方たちに信じてもらいたいなという気持ちでいっぱいなので」
ドゥニーはどこまでも本気である。ただこの砂漠の国で生きていくにあたって、砂漠の王の妃たちと仲良くしたいと思っているのだ。
本当に純粋にそう思っているのだが、周りからしてみればドゥニーの様子はまともじゃないように見えるらしい。
「んー、脱ぐのもダメなら私が何してもこの服の効果って言われたら困るんですけど。えっと、じゃあ……そこの戦士、なんか壊していいものってあるかしら? 猛毒持ってきてもらって飲んでもいいけど、「実は毒物じゃない」って思いこんで飲まれたら困るものねぇ。昔、私が平然と飲んでいるからって飲んで死にそうになった方いるのよね」
「ドゥニー様、こちらは壊していいです。訓練用の的です」
「あら、準備がいいわね?」
戦士の一人が持ってきた巨大な木の的。こんな場にはそぐわないそれがすぐに出てきたことにドゥニーは驚く。
「ドゥニー様の『鉄壁』の加護を信じない者の方が多そうだからと念のため用意してたものです」
「そうなのね! じゃあありがたく使わせてもらうわ。これでも信じてもらえないならそうねぇ、戦士たちと戦う姿でも見てもらおうかしら」
ドゥニーは元気よく、楽しそうにそんなことを言うと一連の流れに何が始まるのだろう? と訳の分からない妃たちの前でその巨大な木の的と向かい合う。
――それは訓練用のものなので、それはもう丈夫に出来ている。
しかしドゥニーは右手を大きく振り上げると、それをおもいっきり殴りつけた。
……それだけで壊れるのはドゥニーの右手ではなく、的の方だった。大きな音を立てて崩れ落ちる木の的。
「ほら、どうですか? 私の『鉄壁』の加護は凄いですよねぇ」
にっこりと笑ってドゥニーが妃たちの方を見れば、彼女たちは全員が揃いも揃ってひきつった顔をしていた。