20.『鉄壁令嬢』、砂漠の王の妃たちに挨拶をする。
「ドゥニー・ファイゼダンですわ。よろしくお願いします」
ドゥニーはまるで深窓の貴族の令嬢のように柔らかい笑みを浮かべて、ドウガの妃たちに向かって挨拶をする。
その様子だけを見れば、ドゥニーは大人しく愛らしい令嬢にしか見えない。
この場でドゥニーの『鉄壁令嬢』としての本質を理解しているのは、グーテと事情を知っている戦士たちだけである。
ドゥニーの噂を幾ら聞いていようとも、『鉄壁令嬢』としての噂とドゥニーの見た目は中々一致しないものである。可愛らしい異国からやってきた令嬢。それでいて砂漠の王の妃たちからしてみれば、新たなライバルの出現としか思えないのも当然である。
「グーテ様、先日のご忠告は冗談だったのですね。まさか、このような愛らしい女性からあなたは脅されているのですか?」
「いいえ、全く冗談ではありませんわ。彼女は紛れもなく私が先日伝えた通りの方です。今のドゥニー様を見たら信じられないのも仕方がないと思いますが、彼女は本当に『鉄壁令嬢』と呼ばれている人です」
「またそんな冗談を。彼女のどこがそういう人間に見えますか? 大方、彼女のことを心配した周りがそのような噂を流していたのでしょう」
……ドゥニーのにこやかに笑う淑女らしい姿に、『鉄壁令嬢』の噂は全て嘘ではないのかと思われているらしかった。
「いえ、これは陛下がお認めになった事実ですわ。ですからドゥニー様は陛下からお手付きになることはございません。なので本当にドゥニー様はご挨拶に来てくれただけなので、変なことは言わない方がいいです。怒らせない方がいいと思いますわ」
「まぁ! それは怖い」
グーテと話しているのは、褐色の肌の女性らしい身体つきの美しい女性である。くびれが凄いので、ドゥニーは思わずそれを見て感嘆している。ドゥニーの胸は慎ましい方なので、自分にないものに関心している様子だ。
他の砂漠の王の妃たちもどうやらグーテが言っていることを本気にはしていないようだ。
人はこの目で見たものを信じるものなので、どうしても誇張されているものに聞こえるのだろう。……実際のドゥニーの祖国からの分も含めたやらかしの方が、彼女たちの耳に入っていることよりもずっと凄まじいものなのだが。
(グーテ様が嘘つき呼ばわりされるのは困るなぁ。嘘はついてないし。私が『鉄壁』の加護を持っているのは真実なのよねぇ。グーテ様が本当のことを言っているっていうのは分かってもらいたいわ。でもやりすぎない方がいいとは言われているけれど、どうやって私が『鉄壁』の加護を持っているって分かってもらおうかしら?)
ドゥニーはにこにこ笑いながらそんなことを考える。
そんなドゥニーの様子が気に食わないのか、一人の妃がドゥニーに向かってなにかをかけた。
パシャッという音を立ててかけられたのは、あつあつの飲み物である。しかしそれはかかったはずなのに全て床へと落ちていき、ドゥニー自身やその着ているドレスには一切かかっていない。色のついた飲み物がかけられたはずなのに、そのドレスはまるで何事もなかったかのようにシミ一つない。
「え!?」
「あら、飲み物をかけられるのなんて初めての経験だわ!! これが虐められるってことかしら!」
驚愕の声をあげるドゥニーに飲み物をかけた女性。そんな女性に向かって、ドゥニーは嬉々として話しかける。
「ひっ」
……自分に意地悪をした相手に向かって、満面の笑みのドゥニーは明らかに異常である。それでいてどうしてだが虐められたことを喜んでいるような様子を見せており、ドゥニーという少女はその妃からしてみれば意味の分からない存在だった。
理解不能な存在。それを恐れてしまうのは当然である。
何か見てはいけないようなものを見てしまった様子の妃は悲鳴をあげて後ずさる。
「他にはないんですか? 私、こういう虐め的なの受けるの初めてなんですよねぇ。本とかで見るともっと強烈な感じのものがありますよね!! そういう虐めとかも私にしてみません?」
「なななな、なんなの、あなた」
「先ほども挨拶しましたよね? 私はドゥニーですよ。貴方と同じこの砂漠の国の王の妃です! それより虐めって他にどんなものがあるんですか? 毎回、新しい妃にはこういうことしていたりするんですか? 私は『鉄壁』の加護があるから幾ら虐められても問題ないですけど、あんまり人を怖がらせることはやらない方がいいですよ。あと飲み物とかを使った虐めだと掃除する人が大変ですもの」
……あくまで淑女としての笑みを浮かべたまま、ただの愛らしい貴族の少女にしか見えないのに一気にドゥニーがそんなことを言いきるのでその妃は戦慄した。
「ドゥニー様、彼女が怖がっておりますわ」
「あら? 私は怖がらせるようなことはしてないつもりなのですが。暴れてもないし、殴ってもないし」
「……ドゥニー様、普段からそんな物騒なことしているんですか?」
グーテはドゥニーのことをとめた後に返ってきた言葉に、それはもう何とも言い難い表情を浮かべていた。