2.『鉄壁令嬢』、家族から止められる。
「ドゥニーちゃん!! 異国の王に嫁ぐなんて駄目だよ!! パパが新しい婚約者を見繕ってあげるから!!」
「そうだよ。ドゥニー、あの王太子が勝手に決めたことなんて無視していいんだよ」
「寧ろ、あの王太子を破滅させよう」
さて、婚約破棄と異国の王へと嫁ぐことを王太子から宣言されたドゥニーは王都にある侯爵家の屋敷へと帰ってきていた。
ドゥニーはあの騒動後もパーティー会場でまだ食べたい料理があったので、食べようとしていた。しかし、「こんな状況でご飯なんて食べるなぁ!!」と王太子が泣きそうだったので可哀そうなので帰宅した。
屋敷へ戻ると仕事の関係でパーティーに参加していなかった父親と兄二人が一連の騒動のことを聞いたのか、揃っていた。
三人とも忙しいはずだが、騒動を聞いてすぐに戻ったらしい。予定をキャンセルしてまでやってきたことからも、三人がよっぽどドゥニーを可愛がっていることが分かるだろう。
「お父様もお兄様も、別に構いませんわ。異国の地なんて面白そうですもの!!」
「ドゥニーちゃん!! パパはドゥニーちゃんが他国に行くなんて寂しくて死んでしまう!!」
「まぁ、お父様ってば大げさですねぇ」
「のほほんとしているドゥニーちゃんは、可愛いけれど!! 駄目だよ!! 結婚相手はちゃんと選ばないと」
「まぁ、結婚とは名ばかりでしょう。私の『鉄壁』の加護をどうにか出来る方がいるとは思えませんもの」
「そうだけど!! パパは寂しいんだよ!!」
「お母様がやりたいことはやりたいように、好きなように生きればいいっておっしゃっていたでしょう? 私はその通りにしているだけですの」
ドゥニーの母親は既に亡くなっている。幼い頃に病気で亡くなった母親はドゥニーにそんな遺言を残している。
ドゥニーは母親のことを大切に思っており、慕っていた。だからこそその遺言を守るべきであると考えている。またドゥニー自身もやりたいことをやりたいようにするのが好きである。
「ははっ、ドゥニー。母上もわざわざ大変な目に遭いそうなところに飛び込むようにといったわけではないと思うよ?」
「大変な目になんていませんわ。私の『鉄壁』の加護は最強ですもの!!」
「まぁ、確かにドゥニーの加護を打ち破れる人がいるとは思えないけれど……それでも出来ればもう少し平穏に生きて欲しいというか……」
長兄はそんなことを言いながらやんわりと止めるが、ドゥニーはすっかり異国へ向かう気満々である。その楽しそうに輝く瞳からもそのことが伺える。
「僕もドゥニーには出来ればこの国に居て欲しいが、その顔じゃ行くのは止められないだろう。なら、代わりに王太子は破滅させる」
「別に破滅させなくていいですわ。私の『鉄壁』の加護のせいで怖がらせてしまいましたもの」
ドゥニーがそういえば、父親も兄二人もドゥニーは優しいなとでもいう風に見つめる。
この世界では、神から加護をもらった者が時折現れる。
加護持ちと呼ばれるその存在がいれば、その周辺は幸福が訪れると言われている。もちろん、加護の種類にもよるが、加護持ちというのはそれだけ特別な存在である。
――そしてドゥニーの加護は、『鉄壁』。
その加護だけ聞いたら、どういうものなのかふんわりとか想像が出来ないだろう。城塞か何かでも思い浮かぶかもしれない。
その『鉄壁』の加護のことを、そしてその加護を持つドゥニーの行動をあの王太子は怯えていた。
初対面では良好な関係だったにもかかわらず、ああいう関係になってしまったのはドゥニーが自由気ままに行動して王太子を怖がらせてしまったことが要因である。
(その点に関してはちょっと悪いことしたかなーと思うけれど、でも結局それが私だし。私のそういう行動をおびえるような相手だと結婚しても幸せになれなかっただろうしなぁ)
ドゥニーはそんなことを思う。
幾ら『鉄壁』の加護を持ち合わせていたとしても、貴族令嬢としての教育を受けているドゥニーは猫かぶることも出来た。
ドゥニーの見た目は、小柄で愛らしいものであり……上手く猫かぶれば男性が想像する所謂小動物系の守ってあげたい女の子になれただろう。
ただし、ドゥニーは隠し事もあまりなく、仲が良好だった両親を見て育った。父親は亡き母親のことを今でも思っていて、再婚を蹴っているし、亡き母親以外には興味がなさそうだ。
ドゥニーは出来ればそういう関係が良かった。そしてもし猫かぶるとすれば一生猫かぶらなければならないので、それも嫌だった。
だからドゥニーは、王太子の目の前でドラゴンに食べられてみたり(なお中から殺した)、毒沼につかってみたり(なお結構肌がきれいになった)といった行動はした。これらの行動は興味本位で行われた。
ドゥニーの『鉄壁』の加護は、彼女がどこでも生きられることをさす。
彼女はおそらく、老衰以外では死なない。そんな殺せない令嬢のことを、全うな考えを持つ王太子が忌避するのも当然だった。
その気持ちも理解できるので、ドゥニーは特に王太子に対して悪感情は抱いていなかった。