19.『鉄壁令嬢』、砂漠の王の妃たちに会うために着飾る。
「ふんふんふ~ん」
「お嬢様、とても楽しそうですね」
「だって王様の妃たちに挨拶出来るのよ? 仲良く出来たらきっと楽しいと思うの。そういうお茶会も私は好きだもの」
ドゥニーは朝からご機嫌である。
今日は王であるドウガの妃たちと挨拶をしに向かう日である。
『鉄壁』の加護を持ち、自由気ままに生きているが、令嬢としての穏やかな日常も嫌いなわけではない。
どういう状況でも楽しむことのできるドゥニーは、こんな時でも楽しそうににこにこと笑っている。
「本当にお嬢様は……」
「どうしたの?」
「いいえ、なんでもありません。それよりも他の妃の方たちはどれだけお嬢様の加護について理解しているでしょうか。お嬢様の加護について正しく理解しているのならばお嬢様に手を出してくることはありえませんが……。もしお嬢様を侮っているのならば虐められるかもしれませんね」
「いじめかぁ。受けたことないからどんな感じかなーって感じよね。本とかで読むと、結構凄い虐め描かれていたりするわよね。そのくらい凄い虐めが行われたりするのかしら!!」
「どうして目を輝かせているんですか……。お嬢様、普通の、貴族の女性はお嬢様に耐性がありませんから、なるべく大人しくしてください。怖がらせないようにしましょう」
「そうね。私も怖がられたくはないわ。出来れば仲良くしたいもの」
そう言って笑うドゥニーはなんとも能天気である。その性格は『鉄壁』の加護を持つ故なのか、それともドゥニー自身の元からの性質なのか……。
底抜けの明るさというか、不安がらない様子は本当に何も心配いらないのだなと周りに思わせるものである。
「お嬢様、きちんと着飾って会いに行くのですから、今から準備をしましょう」
「ええ。ふふっ、楽しみだわ」
そう言って素直にうなずくドゥニーは、貴族の娘として着飾ることを特に苦に思っているわけではなく、寧ろ美しい衣服を身に纏うのは好きな方である。
ドゥニーには好きなものが沢山ある。寧ろドゥニーが嫌っているものというのはそんなにない。
大人しくなったドゥニーに、ダニエスはドレスを着せ、化粧をする。
……ちなみにだが祖国から連れてきた侍女たちはともかくとして、それ以外の最低限の使用人たちの中にはドゥニーの『鉄壁』の加護について聞いたのか怯え切っているものもいる。あとは『鉄壁』などという訳の分からない加護を持っていることを信じることもせずに馬鹿にしているものなどである。
そういう職務を全うしない使用人に関してはドゥニーが王に伝えればすぐに対応はしてくれることだろう。しかしドゥニーはそういう使用人たちのことも特に嫌ってはおらず、気にもせずにマイペースである。
そういう使用人たちはおそらく他の妃たちからの手の者もある。……だから王の妃たちの中にはドゥニーを良く思っていないものも当然いるだろう。
しかしそれでもドゥニーは気にしない。
「お嬢様、出来ましたよ」
「ありがとう」
「……本当にお嬢様は黙っていれば深窓の令嬢ですね。『鉄壁』の加護なんて物騒なものをなぜ神はお嬢様に与えたのでしょうか」
ダニエスは着飾ったドゥニーを見ながらそんなことを言う。
まだこの国でドレスを仕立てていないので、それは祖国から持ってきたドレスである。
色鮮やかな緑色のドレスを身に纏う。
長い髪を頭の上部で結い上げ、美しいと言えるだろう。異性が放っておかないような雰囲気を醸し出しているのだ。少なくとも見た目は。
「私は『鉄壁』の加護に凄く感謝しているから、神様ありがとう! っていつも思っているわ」
「まぁ、その加護を与えられた令嬢がお嬢様でよかったと言うべきでしょうか。お嬢様以外の令嬢に与えられていれば、その加護のせいでその令嬢は気を病んでしまったかもしれませんもの」
「こんなに素晴らしい加護なのにね? 私はこの『鉄壁』の加護のおかげで本当に凄く楽しいのに」
そんなことをドゥニーは言い切るが、まともな貴族令嬢なら自分の婚姻が遠のく、政略結婚が出来ないなんて令嬢としての価値が下がる、そんな力があっても……と嘆くものだとダニエスは思う。
『鉄壁』の加護はそれだけ物騒なもので、戦闘向きのものだ。そんなものその加護自体に楽しさを見出すような存在じゃないとまず、嫌がるだろう。
「お嬢様、本当に妃様たちを怖がらせないようにお願いしますね。仲良くしたいのならば、やりすぎは駄目ですからね? 相手はこう、お嬢様が触ると壊れてしまうような小動物か何かだと思いましょう。ピレオラ王国と違い、彼女たちはお嬢様のことをご存じないので何かしてくる可能性はありますが、仲良くしたいならばちょっとだけおさえましょうね」
「そうね。これから仲良くしたいのだから、怖がらせないようにはしないとよねぇ」
柔らかい笑みを浮かべてそんなことを言うドゥニー。……本当に大人しくするだろうかとダニエスは少し不安に感じたが、どちらに転ぶにしてもドゥニーにとっては問題がないことなので、そのまま送り出すことにするのだった。