15.『鉄壁令嬢』、砂漠に足を踏み入れる。
「凄く暑そうな恰好しているわね」
「姉御のような軽装でいられる人はいません」
ドゥニーは早速、砂漠に足を踏み入れている。
時刻は朝方、まだ日は完全に登ってはいないが、それでも気温は高い。
その砂漠の地で、ドゥニーは動きやすい軽装である。暴れる気満々なのか、男のような服装である。
ドゥニーについてきている戦士の名は、ガロイク。まだ年若い戦士である。
「じゃあ、行くわよ」
ドゥニーはとてもご機嫌である。
よっぽど大人しくしているのが飽きていたのだろう。楽しそうに笑って、砂漠に足を踏み入れる。
その中をすたすたと歩いているドゥニー。
一応水筒は持ち運んでいるが、それ以外は荷物も持っていない。逆にガロイクの荷物はそれなりに多い。
「ガロイクの荷物は多いわねぇ」
「生身でこの地を歩くのは危険ですから……」
「へぇ。こういう魔物とか?」
ドゥニーはそう言ったかと思うと、砂の中からはい出てきた黒いサソリ型の魔物をがちっと掴む。
そのサソリの大きさはドゥニーの身体半分ぐらいの大きさである。素早いスピードで、とびかかったその魔物は尻尾を捕まれてバタバタしている。
その尻尾には毒があるのだが……、ドゥニーには当然きかない。ただバタバタしているうちに尾の部分から液体が飛び出ている。それはガロイクにあたると致命傷なので、彼は避難している。
「よいっしょと」
ドゥニーは、その尻尾をつかんだまま勢いよく振り回して投げつけた。
地面へと力強くたたきつけられた魔物は、衝撃からかわずかにしか動けない様子だ。
「ねぇ、ガロイク。あの魔物、食べれる? 何かに使える?」
「……食べた人は俺は知りません。素材としては使えます」
「そう。なら完全に壊さない方がいいね」
ドゥニーはそう口にすると、サソリの命を奪った。
「これ、どうやって持ち帰る?」
「一応持ち運び用の土台は持ってきましたが……」
「解体して小さくしちゃう? これどうやって解体するのかしら?」
「ええとですね……」
ガロイクが毒の被害を受けないようにしながら、解体する方法をドゥニーに伝授すると、ためらいもせずに借りたナイフと素手でそのサソリを解体していく。毒も念のため、入れ物にいれて保管し、その身体は武具や防具などに使えるということなので取っておく。
「姉御は解体も自分でやるんですね。本当に良い所のお嬢様ですか?」
「一応侯爵家の娘だから良い所の令嬢と言えるわねぇ」
「……姉御の国の令嬢は全員姉御みたいなんですか?」
もしそうだったら、絶対に喧嘩なんて売らないようにしたい……などという気持ちを抱きながら問いかける。
「そんなわけないでしょう。私みたいなのは珍しいわ。私が何処にでもいる令嬢と同じだったら婚約破棄もされなかったと思うわ」
「そういえば、姉御は婚約破棄されたんでしたっけ」
「ええ。そうよ。殿下は私のこと大変怖がってたもの。だから私との婚約破棄どうにかしたがってたのよね」
ドゥニーは全く気にしていないといった様子でそんなことを言った。
心の底から自分の元婚約者のことをどうでもいいと思っているのだろう。そのことが分かるからガロイクは驚いた。
ガロイクは貴族のことは分からないが、基本的に縁談が駄目になるというのは女性側に大きな影響を与える。特に強さが重要である砂漠の国では、力のある男が女性を使い捨てるというのも時々見られる光景である。そして捨てられた女性は悲しみに明け暮れるというのが常である。
「全く気にしてないのですね」
「それはそうよ。それに婚約破棄されたからこそ、こうして砂漠の国で遊べるのよ。面白いことだらけじゃない!」
「……姉御は楽しければいいんですね」
「ええ。私、楽しいこと、大好きだもの」
にっこりとドゥニーは微笑む。
そうこう話しているうちに解体が終わったので、先に進むことにする。
「ねぇ、ガロイク。走るのは出来る? ずっと同じ光景が続いているでしょう? もっと先の見たことのない景色を見に行きたいわ」
ドゥニーがそんなことを言いだしたのは、しばらく砂漠を歩いてからのことだった。
どうやら目の前の光景が、一面の砂漠で変わらないことに飽きたらしい。そろそろ日も登ってきており、その場は灼熱である。加えて同じ光景が続くと言うことは、自分が何処に立っているか分からなくなるものである。そのことに初めて砂漠を訪れる者は不安になるものだ。
……しかしドゥニーは、不安などとは無縁だと言う笑みを浮かべている。
「少しなら大丈夫ですが、ずっと走り続けるのは体力が持ちません!」
「あら、そうなの? じゃあ、少しだけ走りましょう」
「……はい」
ガロイクは楽しそうに笑うドゥニーを見て、諦めたように頷いた。
その後すぐに頷いたことを後悔することとなる。
……ドゥニーの少しだけ走るは、決して一般的な少しだけではなかったのである。
結果として、ガロイクが疲れ果てて横たわるまで走ることは続いた。