12.『鉄壁令嬢』、砂漠の王に試される。
「あります」
「……『鉄壁』の加護。手紙には誰もお前を傷つけることなど出来ないと記載があった」
「そうですね」
「……そんな風には全く見えないが」
全く持って信じていない様子。
それを見てもドゥニーはにこにこと笑っている。
「信じてくれようが信じてくれまいが、私に『鉄壁』の加護があるのは真実ですもの」
睨みつけられても、にこにこと笑うドゥニー。
「……本当にそうだと言うのならば、これを飲んでみろ」
「陛下、それはっ!!」
王の言葉に、周りが慌てたように言葉を発する。
――使用人の手によって、届けられた杯の中に入っているのは毒である。
このあたりに生息しているサソリ型の魔物が持つ毒。それこそひとたび口にすれば死んでしまうようなもの。
濃い紫色のあきらかに毒にしか見えないそれを見ても、ドゥニーは全く動じなかった。
「では、いただきますわ」
――それどころか笑顔で頷くと周りが止める間もなく、その毒を飲み干した。ごくごくと、勢いよく飲み干し、杯を空にする。あっという間の出来事で、周りは驚愕するやら、青ざめるやら表情の変化が忙しい。
しかしドゥニーは満面の笑みである。
「飲んだことのない刺激的な味ですわね。これって何の毒ですか?」
そして平然とした様子で、そんなことまで問いかける。
「……身体に何もないのか?」
「ないですね。あらゆる毒物は私に効きませんし。これってどういう毒ですか? あと庭に生えてたサボテン食べてもいいですか?」
「これはひとたび食べれば死を免れないと言われている毒だ。あとサボテンを食いたいのならば夕飯に出させよう」
「調理されているものじゃなくて、生のものです」
「……あの棘だらけのものを食べる気か?」
「そうですわ。だって食べたことのないものですもの。食べたいですわ」
ドゥニーは、淑女としての微笑みを浮かべたままそんなことをいう。
なかなか変なことを口にしているドゥニーだが、通常運転である。
「……好きにすると良い」
「ありがとうございます」
「……あとお前に触れられないとか書いてあったのはなんだ」
「『鉄壁』の加護は、私がちゃんと好きな人じゃないと触れさせませんから。なので、王様もそういうことは私に期待しないでください!」
「……そうか」
「はい。あと魔物退治してきたり、砂漠で遊んできてもいいですか?」
「……お前、本当に貴族の令嬢か?」
見た目や仕草は貴族令嬢でしかないのだが、ドゥニーの言葉は普通の貴族令嬢ではない。
砂漠の国サデンと、ドゥニーの祖国であるピレオラ王国では全く文化が違う。
とはいえ、ドゥニーが一般的な貴族令嬢でないことはよく分かる。
「本当に貴族の令嬢ですよ。ところで王様、お名前はなんですか?」
「……ドウガだ」
「ドウガ様ですね。了解しました。あと砂漠で遊ぶのは大丈夫です?」
「大人しくしている気はないのだな?」
「ないですね。折角来たことのないこの国に来たんですから」
「まぁ、いいだろう」
「じゃあ今からいってきていいですか?」
「……一人で行く気か?」
「はい!」
「……せめて一人連れてけ。本当に手紙通りお前が戦えるのならば戦士はお前を認めるだろう」
ドウガはそんなことを言いながら、ドゥニーのことを見下ろしている。
このサデンの戦士たちは、強者には従う傾向にある。
なのでドゥニーがその力を示せば問題ないと判断したらしい。
「人と戦うのかぁ。私、手加減少し苦手なのですが、ちょっとぐらい相手に怪我させてしまってもいいですか? ちゃんと死なないようにはしようとは思うんですけれど……」
戦ってみればいいと言われたドゥニーの反応は、ドウガたちからしてみれば予想外のものである。
『鉄壁』の加護を行使して、敵をぶん殴る戦い方をしているドゥニーは力任せに殴っている感じである。
「……殺さなければいい」
「わかりましたわ。では今すぐでも……」
「今日はもう遅い。明日にしろ」
「じゃあ一人で……」
「明日にしろ」
「……わかりました。では、ごきげんよう」
今日このまま砂漠に飛び出したかった様子だが、ドウガから言われた言葉に結局ドゥニーは頷いた。
そして淑女としての礼をした後、ドゥニーは去って行った。
(明日になったらその戦士とかいう人たちと戦って。そしたらその人連れて行って砂漠で遊べるということだから…・・・ふふっ、どんな魔物が居るのか、どんな景色が見られるのか凄く楽しみ)
ドゥニーの頭の中は挨拶したばかりのサデンの王ドウガのことではなく、これから見ることの出来るまだ見ぬ魔物や景色のことでいっぱいである。
ちなみにあまりにもドゥニーが規格外な様子で、それでいて普段は異性から騒がれるドウガに全く興味のない様子だったので、ドゥニーが去った後の場は微妙な空気が流れているのであった。