10.『鉄壁令嬢』、他の妃と初めて話す。
(目の前の彼女は何をしようとしていたの……? なんだか恐ろしい雰囲気を纏ってサボテンと対峙していて……本当に人間なのかしら。わ、私はこのままどうなるのかしら? 怖い……)
さて、ドゥニーがサボテンを食べようとしている場を目撃してしまった妃の一人――グーテは目の前にいるドゥニーのことが同じ人間ようには見えなかった。
人の形をしたナニカ。
……魔物か何かのように彼女がドゥニーのことを誤解してしまったのは、あまりにもその雰囲気が現実離れしており、魔力を身に纏った時のドゥニーが恐ろしかったからである。
「青ざめているけれど大丈夫ですか?」
「……え、ええ」
ドゥニーに話しかけられ、その妃――グーテは身体を震わせながらドゥニーを見ている。
にこやかに微笑むドゥニーは、先ほどまでの恐ろしい雰囲気がなくなっている。
「あ、あなたは誰?」
「ん? 私はドゥニー・ファイゼダン。あなたは?」
「陛下の新しい妃? 私は、グーテ。あなたと同じ陛下の妃よ」
「まぁ、そうなんですね! はじめまして!」
「え、ええ。はじめまして」
勢いよく元気に挨拶をするドゥニーに、グーテは戸惑いながら頷く。
グーテが持っているドゥニー・ファイゼダンの情報はそこまで多くはない。
自国で王太子から婚約破棄をされるという不祥事があり、この国の妃になった。まるで罰かのようにこの国へと嫁がされる哀れな花嫁。……サデンの王は、まるでこの国が罰を与える先とされていることが気に食わない様子である。
大国から渡された不良債権のような花嫁。
王太子から婚約破棄をされるような娘なので、ろくな存在ではないだろう、とそんな風に王から聞いていた。
……性格も悪い娘なのだろうと、そんな風に。
文官がたらしこまれており、手紙を読むように言われているとか言っていたというのをグーテは思い出す。
しかしである。
目の前に居るドゥニーは、にこやかに、何処か無邪気とさえ思えるほどにあっけからんとした笑みを浮かべている。
そもそも何をしていたのかも全く分からない。
ただその笑みを見ていると悪い人には見えなかった。
「ご挨拶できずにごめんなさい! サデンの国の王との謁見も出来てないのでどうかなと思って出来なかったのです。ただ散歩は大丈夫と言われているので散歩しておりました」
「……えっと、散歩は分かるのですけれど先ほどのは何をしようと?」
「このサボテン食べてみようと思いました」
「はい? ……ええっと、食事は希望すれば食べれますので、サボテンのステーキなどを所望したらどうでしょうか」
「そうじゃなくて、生で食べようかなと」
「……はい? あの、死にますよ?」
グーテはドゥニーの正気を疑ってしまう。
生で食べようととは、今すぐ食べようとしたのだろうか……とよく分からなかった。グーテに付き従う侍女たちも意味が分からないと言う様子である。
ドゥニーはその様子を見て、やっぱり自分の『鉄壁』の加護について正しく伝わっていないのだということが分かる。
ドゥニーの『鉄壁』の加護は祖国ではそれはもう広まっているものだった。だからこういう態度をされると面白いなとそんな風に思ってしまった。
「グーテ様は加護というものをご存じですか?」
「ええ。話には聞いたことがありますが……」
「私は『鉄壁』の加護もちです。なので私を傷つけることは……おそらく神か何かとか、あとは加護を無効化する立場とかじゃないと出来ないと思います」
「え?」
「なので私は生でバリバリとこのサボテンを食べても傷一つつきません。というのをですね、グーテ様、サデンの王に伝えていただきませんか?」
ドゥニーはこれも良い機会だと思い、一気にそう言い切った。
ドゥニーの加護についてや事情についてなど、それらが書かれている紙をサデンの国の王は読んでいない。それを読んでいれば如何にドゥニーの加護が強力なものなのか分かるだろう。
そもそも放置されているのがドゥニーであるから許されているのであって、普通なら強大な力を持つ加護持ちを蔑ろにしていればすぐにしっぺ返しを食らうものである。
もう少しドゥニーが我儘で自分を蔑ろにされるのが許せないと言う存在ならばすぐに王を襲撃したことだろう。
「……陛下は、ご存じない?」
「はい。手紙でですね、伝えているはずなのですが……。おそらく読んでないと思います。文官の方にも伝えたのですが、全く読んでないみたいなので。あとグーテ様がこの国の王と挨拶が出来る立場ならば挨拶させてほしいと伝えてもらっていいです? あ、でも別に寵愛とかはいりません。どうせ『鉄壁』の加護でそういう男女の仲にはなれないですし」
「……加護が、何か関係が?」
「はい。ありますよ。そのあたりも手紙に書いてあるので、読んでくださいと言ってください。あと私は折角この国に来たからやりたいこと色々あるので、とりあえず挨拶させてくださいと伝えてもらっていいですか?」
「そうですね……。貴方の事情は陛下に聞いてもらった方がいいでしょう」
グーテはドゥニーの勢いに押されてそう答える。
グーテは加護持ちを知らない。ただ怒らせない方がいいという噂は知っている。また目の前のドゥニーは王が言っているような性格の悪い令嬢には見えなかった。
グーテが頷けば、ドゥニーは嬉しそうに「お願いします!」と言って去っていくのだった。