お腹真っ黒の王子様に気付いてしまった私
前回のシリーズが煮詰まっているので、リハビリです。
単体で読めます。
何がどうしてこうなったのか分からないけど、私は悪くないと信じている。
「ねぇノヴァイス侯爵令嬢、君、いつ、何処で気付いた?」
壁ドンをされている。両腕で。そこにはこの獲物を絶対逃さないという強い意志が感じられる。こんな光景は出来る事なら第三者として見たかった。
学園の中でも一際目立つ生徒会長。容姿端麗、人気もあり、成績も常にトップ。そしてこの国の第二王子、セイリアス殿下でいらっしゃる。
今私達の居るこの図書館も、もうすぐ、閉館する時刻で。他の人の気配は感じられない。もしかしたら人払いをされてしまったのかもしれない、つまり、私はこの場を独りで乗り切らなければならない。
「あの、申し訳ありません殿下。私には何の事だか……」
何も分からない、急な展開についていけません、そういう雰囲気にする為に恐怖にふるえる体はそのままにした。
もしかしたら『気のせいだったかな、怯えさせてごめんね』なんて紳士的な反応が返ってくるんじゃないかと期待して。
けれど穏やかに微笑んでいたお顔が、すっと目を細め、私の髪を取って見せつけるように口付けた。
「隠したって無駄だよ?どのみち君は私に食べられてしまうんだから」
ほらぁ!やっぱりこっちが本性だったじゃない!
怖い怖い怖い!!
「殿下、私お墓まで持って行きますから!」
「うん?一緒のお墓に入りたいって?」
「ち、違います、そうではなくて、その、あの、出来たらもう少し離れていただけるとお互い冷静にお話が出来ると思うんです」
ふぅん、と殿下呟き、私の両側についていた腕を退けて下さった。
私が無意識にホっと息を吐いて気を緩めた瞬間、殿下はぐいっとその体を私の体に押し付けて、本棚と私を挟んだ。背中に当たる本棚の硬さを思えば痛くてもおかしくないのに、そこまでの痛みは感じない。手加減してくれてる、だけどぴたりと触れ合った体は身動ぎをしようとしてもびくともしない。
殿下は私の耳元に顔を寄せると、私の耳を淡く食んだ。硬直して動けない私に、殿下は何度かふにふにと耳朶を食むと、フッと息を吐いた。
「冷静に?無理だよ。ようやく、ようやく私を見つけてくれた君が、随分酷な事を言うんだね」
誤解を招く言い方をわざとするのはやはりそういう性格なのですね。でもですね、私は平和に生きて、普通の幸せが欲しいので、断固回避したいんです。これからも殿下には人畜無害で居ていただきたい訳です。
「落ち着いて下さい殿下、深呼吸をしましょう。よく考えて下さい。私が何かに気付いたとしても、それはこれからの殿下の一生に関わる程の事でしょうか?私は他言する気はありません。もし誰かに話したとしても、誰も信じないと思います。そんな非生産的な事をするほど私は愚かではないです。ですから此処はお互い、今まで通り過ごした方が、きゃあ!」
首筋を舐められている。
ぬるぬると殿下の舌が私の素肌を這って、そのままちゅうという音をたてて吸われた。くちゅくちゅと音をたてながら、殿下は私の首と耳を弄ぶ。
思わず口から甘えたような声が出た。それが酷く恥ずかしくて、やめて、と言おうとした唇を殿下が塞ぐ。薄く開いていた唇から舌を差し入れられて、舌を絡められた。静かな図書館で、そのいやらしい水音は私を掻き立てた。
おずおずと舌を私からも舌を絡めたら、殿下は少し驚いたようだけれど、更に執拗に私を攻めた。
「ねぇステラ嬢、それなら生産的な事ならしても良いよね」
「……あの、でん、か」
「セイルと呼んでよ」
「せ、セイル殿下、私もですね、貴族令嬢なので、乙女を散らされるのは、ちょっと…」
結婚が難しくなってしまう。
私がいくらセイル殿下を慕って、こっそりと殿下を見ていて、多分それが気持ち悪い程だったからと言って。
では代償に、と軽い気持ちで身を差し出す訳にはいかない。
「君はちょっと鈍感だよね」
「はい?」
「君が思っている程、簡単な事ではないんだよ。私がこういう人間だと知っているのは本当に私に近しい者だけなんだ」
「…口外しませんとお約束しました」
殿下は少し困った顔でそうじゃないんだ、と呟いた。何度か躊躇う様な仕草をした後、殿下は私を抱き寄せた。
「私は、君に私を見つけてもらえて嬉しい。君の泣きそうな顔を見るとたまらなくなってしまうんだ」
これは感動するところなのかな。
なんか、違う気がするな。
「一生似非臭い笑顔を貼り付けて生きていく筈だった私に、期待させた責任をとってよ」
「セイル殿下、一度正気に戻りましょう。それではまるで求婚のようです」
「求婚しているのだから、正気だよ」
「いえ、ですから、その様な形を取らなくても私絶対口外しません。むしろ私は他の方々が知らない殿下を私だけが知っていると言う状況を好んでおります。ですので」
「うるさい、好きだと言っているんだ」
「…………私、脅されていたのでは?」
「脅さないと妃にはなってもらえないのなら脅す気になってしまう程好きだ」
どうしましょう。
やはり私が悪かったのかもしれません。