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自警団の半妖少女  作者: 藤咲晃
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朧の半妖少女

 今宵は満月。朧絢音に言われた通り屋敷の警備を厳重にするように命じた。

 すると里でも選りすぐりの退治屋が警備に参加するではないか。


「絢音は大丈夫かしら?」


 絢音は半人半妖の少女で私にとって小鈴に続く歳の近い子だ。

 次の転生先で絢音という友人を得られたのは今代の稗田としても得難い価値あるものだけど、絢音が妖怪に変化した姿を誰も見た事がない。

 あの小兎姫や慧音ですら満月の晩の絢音を知らないという。

 それだけ彼女が気を配って姿を消してることになるけど、そんな彼女が今晩ここに現れる。

 とは言え些か厳重過ぎる警備に絢音が退治されてしまわないか心配にもなる。

 こんな事なら博麗の巫女に事情を話しておけばよかったかもしれない。


「後悔先に立たずとはよく言うわね。……それにしても梅雨前の満月で一杯やるのも悪くないわね」


 ふと完全に閉め切った筈の部屋に風が吹く。

 背後に突然現れた妖気に身体が強張る。

 警備は厳重、スキマ妖怪や強力な妖怪なら容易く侵入もできるだろうけど……。

 私は恐る恐る背後に視線を向けた。するとそこには腰まで伸びた銀髪に冷たい印象を受ける紅い瞳の少女が立ってるではないか。

 身体のあちこちに漂う朧。まるで春の朧月のような姿に私は眼を疑って、


「絢音なの?」


「ああ」


「そう、なら座って貰えるかしら」


 さっそく用意していた座布団に座るように促すと、絢音は腰を下ろした。

 私は改めて妖怪の絢音を凝視する。


「なに?」


 凝視されてる事を不快に思ったのか、不機嫌そうに眉を吊り上げられた。


「絢音の変化があんまりにも大き過ぎてね。本当に絢音なのか疑ったわ」


「髪と瞳の色が変わればその反応も当然ね」


「今の貴女は能力に変化が有るの?」


「敢えて言うなら妖気を操る程度の能力かな」


「拘束する程度の能力は使え無いのかしら?」


「使えないよ。霊力と妖気ではその力の意味合いが異なるからね」


 つまり拘束する程度の能力は相手を無力化することに長けた能力だけど、今の絢音が使ったら相手を害する能力に変わるっと捉えて良さそうね。

 だから本人は使えないっと。


「そう、そこも含めて幻想郷縁起に記載しておくわ。それで今の絢音はどんな妖怪なの?」


「朧だよ。朧月にかかるあの雲の形状が妖怪としての本質。……本来朧月なんて妖怪化しないようなものだけど、私や父は如何して産まれたのかな?」


「それは私にも分からないわ。誰かが朧月を見て強い恐怖心から生み出したとしか」


 そう答えると絢音は残念そうに肩を竦めていた。


「一応聞くけど此処にはどうやって侵入を?」


「触れて見れば判るわ」


 そう言って絢音は私に手を差し出した。

 言われるがままに私はその手に触れると、私の手は絢音の手をすり抜けてしまった。

 なるほど、絢音は自身の身体を雲のように実体の無い形に変化できるっと。


「それで侵入したのね。壁抜け仙人も顔負けよ」


「そうかな? 私がすり抜けられるのは物質だけで実体の無いものは無理」


「結界をすり抜けられないと」


「結界はすり抜けなられないけど、阿求の心臓を鷲掴みにするのも簡単なことよ」


「恐いわね。じゃあ質問に戻るけど、今の貴女は人間と妖怪に付いてどう考えるのかしら?」


 昼間も同じ質問をしたけど絢音は価値観が変わると言っていたからね。


「人間は妖怪に支配され護れる弱者とも言える。里の中には妖怪を追い出そうと躍起になってる馬鹿な連中が居るけど、幻想郷から妖怪が消える日は幻想郷の崩壊を意味してる」


 歴史秘密結社の行動方針が正に絢音の言った通りの危険性を孕んでいる。

 何度も慧音が苦言を申してるけど、彼らには慧音の言葉が届かないようだ。秘密結社にとって慧音も排除すべき対象なのだろう。


「逆に人間が居なくなっても幻想郷は崩壊する。だから人間は妖怪に全てを委ねて楽な生き方をしても良いとさえ思うよ」


 昼間の絢音は人間を護るべき対象っと語ったのに対して満月の絢音は支配を語るとはね。

 まさかここまで思考に変化が現れるなんて驚きを隠せないわ。


「本当に絢音はそう思ってるのかしら?」


「妖怪なんて本能のままに生きる精神弱者よ。それぐらい強気な事を言わなきゃ恐れられないじゃない」


 確かに昼の絢音をよく理解してる私から見ても、変化には多少驚きはしたものの今の絢音を恐れる事は難しい。

 妖怪としての経験も威厳も感じられないからだ。


「絢音は変化しても絢音って事が分かったわ」


「そうね、私はどんな事があろうとも私ね」


 昼間の絢音は単純素直で天然、言い換えると単純馬鹿な少女だ。

 でも今の絢音はクールで他人に対して冷たさを感じる。

 容姿と性格に変化が有るけど、


「絢音は何故今まで姿を隠していたの?」


「半妖だから人を襲わなくても存在を保てるけど、私自身がどう影響を及ぼすか不明瞭過ぎるからね。妖気に溺れて人を襲ったら巫女に退治されるでしょ?」


「本当にそれだけなのかしら?」


「私のような半妖が産まれて来なくなる可能性が有る以上、私で可能性を潰したくないわ」


 幻想郷の性質上、人間と妖怪が恋に落ちて半妖が産まれる事は非常に珍しいだろう。


「遠い未来には半妖が数を増やしてるかもしれないわね」


「難しい問題だけどね」


 課題も山積み、人里を支配する妖怪次第。幻想郷の賢者の考え一つで半妖は抹殺される危険性だって有る。確かに難しい問題だ。


「妖怪に変化した絢音のことも知れたから無事に記載できそうね」


「終わりなら帰るけど」


「何処に帰るのよ」


「さあ? 朝日が登るまでは何処をぶらつくわ」


 そういえば変化した絢音を誰も見た事がない。普段どうしてるのか聞くべきだったわ。


「満月の晩はどうやって誰にも知られずに過ごしてるかしら?」


「地中に潜って竹筒から空気を吸ってるわ」


「忍者じゃない」


「冗談よ。……騒ぎ声が聴こえる」


 言われて漸く気付いた。警備の者が足音を荒げこっちに近付いていることに。

 ふと絢音の方に顔を向けると、既にそこには絢音の姿は無かった。

 雲のようにふわっと消えたのか、元々此処には誰も居なかったような錯覚さえ覚える。


「何にせよ、これで絢音の項目が埋められるわね」


 もう今夜は遅い。作業は明日からにしよう、それと今度は絢音から新作の感想を聞こう。

 こうして私は駆け付けた警備の者に事情を説明することで解散させたのだった。



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