稗田阿礼の子
阿求が鈴奈庵に来てからというもの私は、彼女によって有無を言わさず稗田の屋敷に連れて来られていた。
阿求の部屋で正座をしてる私だけど、阿求って身体が弱い筈だよね?
現に目の前で息切れして横たわってるし。
「阿求は身体が弱いんだから無茶しちゃダメだよ」
「ぜぇ、ぜぇ。……こほん、絢音は里内をあちこち移動するから」
「そういう職業だから仕方ない。今日は休日だけど」
漸く落ち着いたのか、阿求は改めて姿勢を正して筆とメモ帳を取り出した。
「えっと、私にどんな用が有ったの? 今から帰って夕方まで読書でもしようかなって考えてたんだけど」
私は片手に持ったアガサクリスQ先生の新作に視線を向けると、阿求も興味が有ったのか書物に視線が注がれている。
「アガサクリスQの大ファンなんだってね」
「魅力的な作品だからね」
素直に伝えると何故か阿求は嬉しそうに頬を綻ばせていた。
ふーむ、噂だけどアガサクリスQ先生は稗田家の関係者って聞いた事が有ったな。
なるほど身内が有名人になったから阿求も嬉しいんだね。
「それで? わざわざ私を連れ込んでどうしたの?」
「そういえばまだ絢音に幻想郷縁起の取材してなかったのよね」
「えっ? 私を幻想郷縁起に載せるつもり?」
「絢音は人里で貴重な前例だからよ。私は稗田として貴女を記憶する義務が有る」
「あんまり考えてなかったけど、半人半妖って貴重なのかなぁ」
「私が把握してる限りだと先天的に半人半妖に分類されるのは、森近霖之助と貴女だけよ」
稗田の長い歴史で二人だけと言うんだから間違いのだろう。
私が後世にどんな伝えられ方をするのか、ちょっと不安と緊張も有るけどこれもいい機会かもしれない。
「さっそく質問だけど、絢音は人間と妖怪に付いてどう考えてるのかしら?」
「人間は護るべきもので妖怪は人間の敵。私は自警団だ、人里内で人間を襲う妖怪が現れたら退治することも辞さないわ」
「異変解決に乗り出すことはしないの?」
「それは本当に力の有る人……いえ、幻想郷の秩序を護れる人がやれるべきよ。今の私の価値観は人間に寄り過ぎてるからね」
「幻想郷のパワーバランスに関してはよく勉強してるのね」
「歴史を学ばないと幻想郷の在り方なんて見えてこないじゃない」
妖怪のための幻想郷であり、人里は妖怪のための里だ。
妖怪に管理されてるからこそ人間は妖怪を恐れ、そして妖怪からあらゆる災害から護れる。
この関係を私は幻想郷の人間と妖怪は共生関係と言えなくもないっと思ってるわ。
「それじゃあ次の質問よ。貴女の仲が良い人物は?」
私の仲が良い人かぁ。あんまり多くはないけど、
「霊夢さん、魔理沙さん、小鈴、阿求、小兎姫先輩ぐらいかな」
「意外ね、慧音先生を挙げないなんて」
「慧音先生は恩師であり、尊敬すべき人だから仲が良いと言われるとちょっと違うかな。まぁ、霊夢さんと魔理沙さんに関しては私がそう思ってるだけかもだけど」
「じゃあ仲の良い人は小鈴と私、小兎姫と記載しておくわ」
「うん、そこの匙加減は阿求に任せるよ」
私がそう答えると阿求は走り書きの手を止め、
「ふむ、だいたいこんなところね。次に本題だけど、私は今まで満月の晩の絢音を見た事が無い。どれぐらい差異が生じるのかしら?」
変化した私かぁ。これを口で説明するのは少し難しいかな。
「満月の私は姿見なんてあんまり見ないからね。実際に見て貰った方が早いのかな」
「そうして貰えるとより具体的な資料が得られるから助かるわ」
ってつい口にしちゃったけど、変化した私が阿求の前に姿を見せて大丈夫かな?
やばい、友達を傷付けないか不安だ。でも妖怪になった私を知って貰ういい機会なのかも。
「念の為警備は厳重にした方がいいよ」
「そう、ならそうして置くわ。警備が厳重過ぎて入れませんでしたって無しよ?」
「あー、そこはまぁ大丈夫かな」
「それでは続きは今晩という事で」
こうして阿求の取材もお開きになった私は、さっそく自室に帰って今晩の支度を始めるのだった。