片腕有角の仙人
午前の見回りも終えてお昼を食べていた時だ。
まだ前回の事件で野鼠に対して対策を施してくれた山の仙人様にお礼を告げてない事を思い出したのは。
「先輩、午後から少し博麗神社に行ってもいいかな?」
「絢音が休日以外に行こうとするなんて珍しいわね」
今日山の仙人様が居るとは限らないけど、妖怪の山に入れない私の行く宛てなんて博麗神社に限られる。
「うん、博麗神社によく現れる山の仙人様にまだお礼もしてなかったからさ」
「あ〜? 仙人にとって善行は当たり前のようなものだから必要ないんじゃない」
「そうは言うけどさ、仙人様だって感謝の一つはされるべきじゃない」
「ま、人間の味方と縁を作っておく必要も有るからね。行って来ていいよ、ついでに少しゆっくりして行きなさい」
「いいの?」
「良いんだよ、今日は命蓮寺の尼やら山の巫女が来てるからね」
確かに今日は妖怪寺と呼ばれてる命蓮寺の聖白蓮さんと山の巫女さんが来てた。
あの二人は何度か異変解決に立ち向かってるって話だし、そんな二人を前に事件を起こそうなんて輩は居ないか。
居るとすれば南無三覚悟の変わり者かもね。
お昼を食べ終えた私は、早速甘味処で数量限定のいちご大福と団子を数点買ってから博麗神社に足を運んだ。
▽ ▽ ▽
夏の日照りが照らす神社の境内で掃除に勤しむ霊夢さんに私は手を振って、
「霊夢さん、こんにちわ」
「いらっしゃい絢音ちゃん。素敵なお賽銭箱はそこよ」
来客に向けた誘い文句に私は真っ直ぐ賽銭箱に向かう。
そして一銭を賽銭箱に入れて手を合わせた。
別に願う事も無いけど……というか霊夢さんの修行時代には祟り神も居たけど最近は何処へ行ったのかめっきり姿を見なくなったなぁ。
そもそも博麗神社がなんの神を祭っているのか不明だから何の為に参拝するのかも判らない。
ただ参拝して信仰することが御利益に繋がるし、こうして参拝を繰り返す事でいつか人里の役に立つ日が来ればいい程度の信仰心だ。
なんて事を浮かべながら私が振り向くと、霊夢さんが眼を輝かせていた。
「それで今日はどんな用事で来たの? 妖怪退治の依頼? 祭りごとの相談かしら?」
「今日は仕事関係で来たんじゃないよ。山の仙人様が居るかなって思ってさ」
「山の仙人? あー華扇の事か。今日はそこそこ暑いから仙界の中に引っ込んでるじゃないかしら」
「むー、会おうと思うと中々会えないわね」
「そんなもんよ。どいつもこいつも居て欲しくない時に居て、居て欲しい時に居ないのなんて良くあることよ」
「むぅ、やっぱり妖怪の山を登った方が早いかなぁ?」
「あそこは守矢神社の索道で行き来がし易くなったけど、華扇の仙界は妖怪の山の中だから危険よ」
「そっかぁ。しばらくは博麗神社に通い詰めするしかないかな」
「まあ立ち話もなんだし、縁側でお茶でもどう?」
霊夢さんの誘いに私は頷く。
縁側で冷えたお茶をひと口飲むと、
「それで華扇に何の用だったの?」
「野鼠の件でお礼をしたいから捜してたのよ。あっ、そうだ霊夢さんに差入れも持って来てたんだった」
山の仙人様用とは別に霊夢さんへの差入れを差出すと、霊夢さんの頬が嬉しそうに緩んだ。
「絢音ちゃんは素直ねぇ〜。それに華扇にお礼だなんて真面目ね」
「前の一件で山の仙人様が居なかったら、人里の人間に鼠避けに付いて説明しなきゃでしょ?」
「あー、そうする必要は有ったし鼠避けを回収することになったわね」
「だけどそうすると今度は永遠亭の信頼にも関わって……自警団の私達じゃあ扱いが困難な問題になったわ。だから被害も最小限に留めた山の仙人様にお礼がしたいの」
「なるほどねぇ。ま、華扇は人間と動物の味方だからそこは心から信頼して良いわよ」
霊夢さんが笑みを浮かべた姿に、私は霊夢さんと山の仙人様との間に繋がれた信頼関係に頬が緩んだ。
同時にそこまで信頼関係を結べた二人が羨ましいとも思ったわ。
なんて事を思っていると、
「あら霊夢、嬉しい事を言ってくれるじゃない」
「なっ!? か、華扇! 今の話し聴いてたの!?」
「たまたま通り掛かったら聴こえてきたのよ」
くすりと笑う華扇に霊夢さんは恥ずかしかったのか頬を赤く染めていた。
私が二人の様子に小さく笑っていると山の仙人様がこちらを向いて、
「貴女とは神社で何度か会ってるけど、こうして話すのははじめてね」
「そうですね。改めて私は自警団の朧絢音って言います」
「もう知ってると思うけどわたしは茨木華扇よ」
「あの、仙人様」
私が改めて畏まって呼ぶと華扇が優しく微笑んだ。
「仙人様って随分嬉しい呼び方をしてくれるわね。わたしの事は華扇でいいよ」
「じゃあお言葉に甘えて、華扇さん。実は貴女のことを待ってたんです」
「そうみたいね。わたしの元で仙人を目指したいのかしら?」
「いえ、野鼠の件でお礼をしたくて」
「あぁ、そっちか。お礼って言われてもねぇ、私は動物の味方でも有るから妖怪化を未然に防ぐのも当然のことよ」
凛とした表情で当然の事をしたまでっと語る華扇さんに、こんなにカッコいい仙人も居るだって少し憧れを抱いた。
「うーん、華扇さんがそう言うなら。でもこれは受け取ってください」
そう言って人里の甘味処で買った包みを手渡した。
「お礼の品だなんて。ところで中を拝見しても?」
「えぇ」
私が頷くと華扇さんは包みを開け、凛とした表情が一瞬で緩んだ表情に早変わりした。
やっぱり仙人様と言えども甘味には勝てないってことね。
「これは! 人里で数量限定のいちご大福じゃない!?」
「偶然行ったら売ってたので思わず買っちゃいましたよ」
「霊夢! 早速お茶にしましょう!」
「もう淹れてるわ! さ、絢音ちゃんも熱いお茶をどうぞ」
「あっ、ありがとう」
甘味を前にしてテンションが高まった二人につい私も嬉しくなる。
霊夢さんが淹れた熱いお茶と差入れに買ってきた甘味で祝福の時を過ごしてると、華扇さんが微笑ましげに私と霊夢さんを見ていた。
なんだろうか? 私は気になって首を傾げると華扇さんは微笑んだまま、
「魔理沙以外に霊夢と親しい子が居たって少し意外だったのよね。絢音、これからも霊夢をよろしくね」
「あんたは私の保護者か!?」
「えっと、どっちらかと言うとお世話になってるのは私の方なんですけど」
くすりと笑う華扇さんに私と霊夢さんはお互いに顔を見合わせては、なんだか照れてしまって。その度に華扇さんから生温かい視線を感じる。
霊夢さんにとって華扇さんは保護者みたいなものなのかなぁ。
私はそんな事を思いつつも、いちご大福に齧り付くのだった。