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自警団の半妖少女  作者: 藤咲晃
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竹林の薬売り

 梅雨が明けた幻想郷に初夏が到来した。

 本格的な夏の到来はもう少し先だけど、気が付けばあっという間に真夏が訪れてるものだ。

 半妖の私は暑さに滅入ることは無いけど暑そうにしてる先輩を見ると、今年の夏は暑いのだと思う。


「夏なのによく厚着の着物着てられるね」


「あ〜、自然体で人の中に紛れ込むのに適した服装だからねぇ」


 果たして先輩は自然体で人の中に紛れ込めてると本気で思っているのだろうか?

 小兎姫先輩は容姿から人目を惹くし、変わり者としても奇異な視線を引き寄せるのだ。

 それで紛れ込むだなんて難しいと思う。


「こんな日は氷菓子に限るわ。絢音、休憩がてら食べにいきましょう」


 暑い日に冷たくて甘い氷菓子を食べるなんて大賛成だ。


「賛成!」


 見回りの休憩に甘味処に寄るとそこでばったりと竹林の薬売りに遭遇した。

 甘味処の外に設けられた傘の挿された長椅子は、影が差してるとはいえ彼女の服装でも少々暑いのだろう。

 暑そうに手で仰ぐ彼女に私はじっと視線を向ける。

 そう言えば暗黙の了解で彼女が妖怪兎なのは内緒だったなぁ。

 とは言えそれも周知の事実だけど、永遠亭の医学は高度でどんな病気も治せてしまう。だから人里はその恩恵を得るために彼女の存在を黙認している。

 あの歴史秘密結社ですら薬売りを黙認せざるを得ないってところが、医学の影響の凄まじさを物語ってるのかも。

 私が薬売りを前にそんな事を考えていると、


「えっ? 私の顔に何か付いてる?」


「あ〜、何も付いてないよ」


「絢音が人の顔を見つめながら考え事なんて珍しいわね」


 そうなんだろうか? いや、それはそれで薬売りに失礼な事をしたわね。


「ごめんなさい。不快にさせたかな?」


「そんな事は無いよ。ところで……」


 薬売りは何か思い悩んでるのか、表情に戸惑いと後悔が現れていた。

 きっとあの件のことなのだろう。


「此処は甘味処だからね。甘い物でも食べらながら話さない?」


「そ、そうね!」


 私は早速抹茶の氷菓子を頼んで先輩の隣に座る。


「先輩は何を頼んたの?」


「いちご練乳よ。いちごを見ると昔幻想郷に来た変な教授を思い出すわぁ」


 先輩に変と言わせるとは、その人は余程の変人なのかな?


「昔と言えば修行時代の霊夢さんは髪が紫色だったなぁ」


 あの時の霊夢さんは玄爺と呼ばれる亀に乗って空を飛んでったけ。

 能力で空を飛ぶのも神秘的だけど、亀の上に乗るのもそれはそれで仙人みたいでカッコいいと思うなぁ。

 私がそんな事を思っていると早速頼んだ抹茶の氷菓子が運ばれて来る。

 なんと抹茶の氷菓子には練乳が掛かっているではないか!

 私は早速ひと口食べる。


「ん〜! 練乳の甘味と抹茶のほろ苦さが絶妙だわぁ〜」


 これは今度霊夢さんにも教えよう。

 私が氷菓子に頬を緩ませていると、


「それで話しなんだけど……この間人里で妖怪被害が出てたって本当なの?」


 薬売りが切り出した話題に私はちらりと彼女に視線を向ける。

 彼女の表情は何かの間違いであって欲しい。そんな感情が見え隠れしていた。

 だけど編笠に隠された耳が垂れているところを見るに、事件は事実なのだと薄々察してるのかも。


「事件は起きたよ。貴女に告げるのも酷かもだけど、一人の老人が鼠妖怪の犠牲になったわ」


「……原因はやっぱりアレよね」


 彼女が開発した鼠避けの置物が原因だけど、アレはあくまでも道具なのだ。

 薬売りが善意で開発して販売した事ももちろん私達は知ってる。

 要は使う側に問題が有ったとも言うべきなのだ。


「あの一件は霊夢さんの手で既に解決されてるけど、便利な道具に頼り過ぎた私達の責任でも有るよ」


「あれは私も仕方ないと思うわ。鼠がこんなに速く妖怪化するなんて誰も想像しないじゃない」


 私と小兎姫先輩の言葉を受けた薬売りは頭を伏せ、


「あの時、師匠に余計な事をするなって怒られた意味が漸く分かったわ」


 私と先輩は頼んだ氷菓子を食べながら薬売りの話に耳を傾ける。


「他勢力との関係ももちろん有ったけど、師匠は作製した道具がどんな結果を齎すかを結論付けてからって事を教えたかったのよ」


「それで貴女は……ええっと、そういえば名前知らなかったわ」


「えっ!? 何度か里で会ってるのに知らなかったの!?」


「あ〜何だっけ? 変わった名前だったと思うけど確かアゲイン・ウナバだっけ?」


 なんか近い名前だった気がするけど、薬売りの肩が震えてるから違うのかも。


「私は月から地上に降りた兎の鈴仙・優曇華院・イナバよ!」


 長い名前だなぁ。


「えっとどう呼べばいいのかな?」


「鈴仙でいいわよ」


「じゃあ鈴仙さんは、あの一件を受けてどうしたいの?」


「出来るならウルトラソニック眠り猫を回収したいわ」


「回収した後はどうするのかしら? 鼠避けはもう生活に浸透してるわよ」


「眠り猫は月の光による充電が可能だった。だからエネルギー切れを起こすことなく稼働し続けられたんけど、今回は鼠が入り込む隙が無さ過ぎたのが仇になったわ」


 つまり改良品は鼠が入り込む隙をあえて作り出すっと。

 それはそれで完成品が完璧だったから欠陥品を売りに出されるって感じちゃうけど、人里の人間は鼠避けを普通の置物だと思ってるからなぁ。

 あと開運グッズ程度の認識か。

 でも鈴仙さんなりに今回の件を考えてるって事が知れて良かったわ。

 妖怪は自分の起こした問題は知らん顔する輩が多いからねぇ。まあ人里内で妖怪に人間が殺された影響も有るかもだけど。


「実はね、野鼠も含めて霊夢さん達と話し合ってもう対策は打ってるのよ」


「えっ?」


「今更鼠避けを禁止にする訳もいかないから、野鼠の保護は霊夢さんを通して山の仙人様が受け持ってくれたの」


 だから野鼠が妖怪化することは一先ず無いのだ。


「……悩んで、徹夜で再設計に励んだ私の苦労は??」


「あ〜、老人を亡くした孫娘が気掛かりなら薬をおまけするといいわ」


「そうするわ。遺族のケアは私が何がなんでも果たしてみせるわ」


 鈴仙さんのそんな強い言葉を受けて私と先輩は心底安心していた。

 あの少女も老人と死に別れてまだ精神的に立ち直れてない。カウンセラーは私も先輩も専門外もいい所なのだ。

 医学を学ぶ鈴仙さんが気にかけてくれるならこれほど心強い味方はいない。

 私はすっかり食べ終えた抹茶の氷菓子の皿に視線を落として、


「すみませーん! 宇治金時も追加で!」


 別の注文を頼んだ。


「あれ? 私の決意は伝わったの?」


「大丈夫よ。私と絢音もちゃんと受け止めてるから。ところで兎ちゃん、うちの牢屋に来ない?」


「どんな誘い文句!? っていうか私を捕縛する気なの!?」


 隣で騒ぎ出す先輩と鈴仙さんを他所に私は宇治金時に舌鼓を打った。

 あぁ、口の中に幸せが広がるわぁ。隣の騒ぎなんて甘味の前に些細な問題ね。

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