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淫乱女の誘惑

 その後はくっつくドールを抱きかかえて平原を進む。

 ハルモニアとリムルの視線が酷く痛いが、ドールは石のように固まって動かない。


「このまま一生くっついてようね!」

「それは生活に不便にじゃないかな……」

「ドールは困らないよ。おトイレもお風呂もずっと一緒。入れたい時は好きに入れていいんだよ?」


 何を?


「このクソガキがぁ~! いい加減離れなさい!」

「ネクロが困ってるだろ! そんなのは愛する者として相応しくないぞ!」

「うっさいなぁ! ババアどもは寂しく一人で慰めててよ!」

「くきぃいいい! どいつもこいつも年寄り扱いしやがって!」

「ハルモニアは確かにババアだが、私はこれでもまだ十八歳だぞ!」


 嘘……リムルは二十歳を超えてると思ってた。


「十八? やっぱりババアじゃん。ドールはもっと若くてぴちぴちなんだよ? 締め付けも凄いんだよ? 試してみない?」

「いやちょっと……さすがに今は外だし皆もいるし、それにそれに……」

「え? もしかして今やると思ってたの? きゃあ! ネクロくんのえっちぃ! けど嬉しい! それじゃ早速……」


 ここで遂に我慢の限界に達したハルモニアとリムルの拳を後頭部に喰らい、卒倒したドールは夏の終わりのセミのように地面に落ちる。


「よし、このまま置いて行こう」

「賛成でぇす!」

「いや、それはまずいでしょ! 道中には魔物がいるからほっとけないよ。それにドールの力があれば助かるのも確かだし……」


 ハルモニアとリムルは互いに目を合わせ、しぶしぶ溜め息を吐き出した。


「仕方ないですね……」

「だが戦力としてだ。頼むからいちゃいちゃするのは止めてくれ」

「そうだね……なるべく気を付けるよ」


 できる限りで気を付ける。だけどレベル1の俺では抵抗できない。

 このスキルは服従ではなく恋に落とす能力だ。つまり恋敵同士で仲良くしろだとか、俺の浮気を許せだとか、そういう願いは受け入れない。

 あくまで己の恋心が最優先で、服従のようにはいかない訳だ。


 反面、服従よりも凄まじい点が一つある。

 服従は力にひれ伏し従うだけで、そこに好意があるかは別の話だ。命の危険がある状態や、己の状況が好転すれば見限られる可能性がある。

 対して魅了にはそれがない。俺がいかに弱く、例え勝ち目がないと分かっていても、身を盾にしたリムルのように、俺を助ける為に命を投げる。

 俺を一番に想うという一点だけは、絶対に揺るがず裏切らない。


 倒れたドールはリムルが背負い、北東へと歩みを進めていく。

 途中に幾らかの魔物が現れたが、ハルモニアとリムルだけで対応できるレベルの魔物であり、ドールが目覚めた後は無双状態が続いた。


「飛竜との戦闘もあってか、レベルが64に上がったぞ」

「ぷぷぷ……64だなんて笑っちゃう。ドールはレベル88もあるんだから」

「あひゃひゃ! 桁違いとはまさにこれです。私のレベルは1000相当で――」

「戦えないじゃん」

「戦えん癖に」

「ぴえーん。ネクロさん! 私を慰めてぇん」


 身を寄せるハルモニアは俺の胸元を涙で濡らす。

 コミュ障だった俺でも、さすがにこれはあざと泣きだと理解できる。


「よ……よしよし……」

「もっともっとぉん」


 そうして再び始まる痴話喧嘩。

 本来なら昼過ぎに着くだろうと予想したが、町が見えてくる頃には日も暮れた。

 

「よ、ようやく辿り着いた……」

「だいぶお疲れみたいですね」

「私が癒してあげよう」

「駄目だよ。それはドールの役目だもん」


 陽が沈めば店も閉まる。

 それが前の町の傾向で、次に見える町は少し違った。


「凄い……明かりが点いてる。電気を使った照明みたいだ」

「これはルークスという光魔法だよ。この町グラマリアはドールの故郷で、特に魔法に特化した町なんだ」

「へぇ……そうなんだ。だけどドールはなんで町を離れていたの?」

「修行の為なの。町の北東にいるワルキューレ・アナテマ、大蛇とも噂される高位魔物を倒す為に鍛えていたの。でも本当は、ネクロくんに会う為の運命だったんだね! ドールはそう信じてる」


 つぶらな瞳を輝かせるドール。彼女の両手を重ねて祈るような仕種に、呆れたハルモニアとリムルは目を細める。


「はいはい、夢見がちなお子様だこと」

「勘違いだということに早く気付け」

「ったく……外野がうるさいっつーの」

「喧嘩はよしてよ……それにしても俺たちと目的が一緒だったなんてね」

「それも運命だよ。同じ敵に立ち向かう男女。二人は赤い糸で結ばれているの」

「あらあら、糸なんて頼りなげなものじゃなくて、私とネクロさんは太い縄で繋がっていますから」

「私はネクロの股間のぶっとい――」

「言わんでいい!」


 まったく、リムルの発言は特に過激だから気を付けておかないと。


 いざグラマリアの町に入ってみると、各所には球状の光の玉が浮かんでいた。それがグラマリアの街灯で、光の粒は粉雪のように降り注ぐ。

 基本は旧き石造りの街並みなのだが、俺の世界にもない照明の数々は、まるで未来都市にいるような錯覚に陥る。

 通りには馬車が走るが、しかし肝心の馬がいない。荷車だけが走っていて、まるで自動車のように見えるが、ドールいわく己の魔力で走る魔導車で、正確には自転車に近く自動車とはいえないようだ。


「綺麗だなぁ……今までイルミネーションなんて縁がなかったけれど、なぜ見に行きたいと思うのか、今さらになって分かった気がする」

「ロマンチックですね。ネクロさんと手を繋いで眺めてたいです」

「そうだね。手を繋ぐくらいなら……」

「ドールはこの景色をバックにチュウをしたいな」

「あはは……キスはちょっと……」

「バックから突いてくれ」

「もはや景色と関係ないよね?」


 とりあえずこの日は宿に入り、面倒にならないよう各々別の部屋を取った。

 明日からはいよいよ本格的な冒険だ。

 魔王の配下を倒しに行くなんて、とても危険なはずなのだが、男心にわくわくして眠れない。

 すると部屋のドアを叩く音がして、扉を開けた先で薄く微笑むのは――


「リムル?」

「別々だと風呂の準備ができんだろ? 部屋に上げてくれないか?」


 パーティで一番の淫乱女、リムル。

 果たして風呂の準備だけで済むのだろうか。

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