メスガキ魔法少女
三人足並みを揃えて町を出たのはいいものの、果たして次はどこへ向かえばいいのやら。
「魔王はこの世界の北方に住んでます。しかし居城には結界が張られていて、結界を解くには配下の魔物を倒す必要があるんです」
「知らないって言ってた割に、意外とこの世界に詳しいよね?」
「まあその程度の目的は。転生者に説明するにも必要なことですしね。生活についてはこの世界というより、魔法のある世界観での常識的な意味合いで知ってます」
俺とハルモニアの間では通る会話だが、リムルはしげしげと眉根を寄せる。
「昨日からだが、二人の会話に付いていけん。一体どういうことなんだ」
「あのね、実は俺とハルモニアはこの世界の者じゃないんだよ」
「……え?」
「そういうことなんです。だからリムルのような一般人は、ネクロさんと付き合う資格なんてないんですから!」
「それとこれは話が別だろ! にしてもこの世界の住人じゃないなんて、とても信じられない。てっきりハルモニアはハーピーの一種なのかと思っていた」
「ハーピー?」
「鳥人間といえば分かりやすいですかね。ですがハーピーの足は鳥の趾です。対して私は人の足、れっきとした天使ですから」
これみよがしに足を掲げるハルモニア。
薄布が捲れてハリのある太ももが露わになり……なるほど、ノーパンか。
「ということで、結界を張る魔物を倒しに行くという訳です」
「ワルキューレ・アナテマか。噂には北東の町に近い洞窟で発見されたと耳にしたことがある」
「ちょっと待って……ワルキューレなんちゃらって?」
「呪われし乙女たちだ。人々を死へ導く、結界を張る魔物たちだよ。魔物の中でも特に高位で、ギルドで討伐依頼も出ているが成功者は一人もいない」
「そんなに強いのか……」
「私は雇われ騎士でな。どこにも属してない時はギルドの依頼を受けている。そこそこ腕が立つと自負してるが、そんな私をして歯が立たないだろうと言っておこう」
そんな奴らを相手にするなんて、勝てる見込みはあるのだろうか。
そういえばハルモニアも、魔王を倒すにはレベル10000は必要と言っていた。
「リムルのレベルは幾つなの?」
「ついこの前一つ上がって、今は63だな」
ぷすっと息の吹き出る音が漏れて、高らかな笑い声が平原に轟いた。
「あひゃひゃひゃ! レベル63!? クソ雑魚じゃないですか!」
「なんだと!? じゃあハルモニアは何レベルだと言うんだ」
「私はこの世界に当てはめれば1000レベル相当に値します! リムルとは天と地ほど差があるんです!」
「せ、1000レベル……そんなレベルは見たことない……」
「当たり前です! そのレベルに達するのは転生者を除いて人類には不可能ですから! 四桁の境地に達する前に寿命が尽きてしまうでしょう!」
得意げに笑うハルモニアと目を細めるリムル。
そして俺はそんなリムルにも満たない、レベル1なんだけどな。
「つまりハルモニアはババアということなんだな」
「うるさい! 肉体年齢が若ければ歳なんて関係ないでしょう!」
憤るハルモニアは拳を振り上げ、リムルは慌てて逃げ出した。
おふざけ半分の追い駆けっこ、そんなほのぼのとした旅の風景は――
行く先に降り立つ飛竜を前に露と消えた。
「え?」
「あ……」
体高は七・八メートルはあろうか。体長でいえば二十メートル近い巨大な飛竜が、鋭い牙の間から火の息を漏らして唸りを上げる。
「レベル1000のハルモニア……あとは頼んだ!」
リムルは即座に背を向けて、俺の方へと駆けて逃げる。
残るハルモニアは飛竜と対峙するが、しかしレベル1000もあればドラゴンを倒すことだって――
「ネクロさん……」
「ど、どうしたの?」
「私……攻撃系はからっきしなんですぅううう!」
飛竜が口を開くと凄まじい業火がハルモニアを包み、後に残るは黒焦げちりちりパーマに成り果てた、無残な天使の姿だった。
「ハルモニアァアアア!」
「げほっ……無念……」
レベル1000だけあってHPはあるらしく、なんとか生き永らえているものの、攻撃手段がなければ太刀打ちできない。
黒焦げのハルモニアを飛び越えて、こちらに向かって来る飛竜。
空を叩く翼の音は爆発さながらの大音で、圧はトラックなど比にならない、まるで高速で迫る列車を前に線路に立たされているかのよう。
リムルは俺を守らんと咄嗟に身を盾にするが、それも圧倒的な質量差を考えれば、まったく無意味な抵抗で――
「エリクシュートォオオオ!」
乾いた空気がパリッと弾けたその直後、飛竜の体にスパークが迸り、バリバリと空気を割る破裂音が鳴り響く。
「あんたたち! ぼさっとしてるんじゃないよ!」
怒鳴り声の方には小柄な少女が杖を掲げる。
漆黒の魔法帽を被りローブを着るその姿は、まさしく魔法使いというに相応しい。
電撃を喰らった飛竜は痺れてはいるものの、未だ巨体を蠢かせている。
リムルはすぐに剣を抜いて飛び掛かると、麻痺する飛竜の眼球を深々と貫いた。
「そこの男も! ちんたらしてないで攻撃を!」
「俺はその……レベル1だから戦えない……」
「はぁ!? ふざけんじゃないわよ!」
魔法少女は俺を押しのけ前に出ると、両手にロッドを持ち直して力を込める。
杖先に集中する力は最弱の俺でさえ見て分かるほどに、巻き起こる魔力の渦はローブを波立たせると裾を捲り上げ――
「あ……白だ」
「ちょ! どこ見てんの!」
そして炸裂する魔導砲。
極太のレーザービームを照射された飛竜は、胴体に大きな風穴を空けると、地面に伏して動かなくなった。
「勝ったのか……良かった、びっくりしたよ」
「びっくりした……じゃないっつのぉおおお!」
鬼の形相を張り付けて睨む魔法少女。
青と茶の混じる榛色の瞳は地球のような色合いで、これまた大地の如く怒りに震えている。
「あんた! 戦えもしない癖に、こんなところほっつき歩いてんじゃないわよ!」
「ご、ごめ……」
「謝って済むか! 一度痛い目に遭わせといた方が良かった――」
激昂する魔法少女は唐突に前のめりに倒れ込む。
被るエナンが吹っ飛んで、茶の巻き髪が乱れて地面に広がった。
「ネクロをいじめる奴は――」
「許しません!」
倒れた魔法少女の背後には、拳を突き出すハルモニアとリムルの姿があった。
「ちょ! 助けてくれたんだよ!? ていうかハルモニアの火傷は……」
「戦闘向きじゃないだけで回復魔法は使えます。それと、幾ら恩人とはいえ――」
「ネクロを叩く奴は許さない!」
土を掴んで起き上がる魔法少女。
泥だらけの顔には血管が浮き出ていて、怒りがありありと現れている。
「あんたたち~、この天才魔法少女ドールに対して……恩を仇で返すなんて……」
渦巻く魔力がドールの体を取り巻いて、これは何やらやばい気が……
「絶対に許さない! コテンパンにのしてやるんだから!」
あの巨大な飛竜を倒した超魔力。その矛先をハルモニアとリムルに向けるドールは完全に怒りで我を忘れている。
あんなレーザービームを喰らったら、回復しようにも残る体がないんじゃないかと、慌てた俺はドールの前に立ち塞がる。
「や、やめるんだ!」
「戦えもしない軟弱男が! 先にあんたの情けない性根から叩き直して……」
杖先で光る膨大な魔力は、次第に減光して弱弱しいものに移り変わる。
「叩き直して? ドールの方を。いいえ、腰を打ち付けて欲しいなぁって……」
「え? あ……しまった……」
「ドールにあなたのレーザービームを射出して?」
まずい。使わないと決めていたのに、昂る感情と共に発動してしまった。
俺の唯一のスキル、ファッシネイションを。
「あー! また能力を使いましたね!?」
「おい! 魔法女! 謝るし感謝もするから、早々にこの場から立ち去って――」
「嫌だよぉ。またさっきみたいな敵が出たら誰がこの方を守るのさ。だからドールも付いて行くね。お名前教えて? 私のダーリン」
「えと……ネクロっていいます」
「ネクロ……素敵な名前……ネクロくんって呼んでもいいかな?」
「それは構わないけど……」
ロッドを放るドールは両手を上げて万歳し、広げた腕をそのままに、俺の胸に飛び込んできた。
「あわわ……」
「あったかぁい……これが恋の温もりなのね」
すりすりと顔を擦り付けるドール。
胸は控えめだが、険の取れたドールは幼く見えて、うっすら犯罪の匂いすら感じてしまうのは気のせいか。
「離れなさぁい!」
「少し強いからって調子に乗るなぁ!」
ハルモニアとリムルの二人がドールを引き剥がそうと肩を引くも、舌先をちろりと出したドールはあかんべーをお返しし、尚更だいしゅきホールドでへばりつく。
これにて火力も揃い、戦力としてのバランスは取れたものの、恋愛関係はよりカオスの領域へと突入したのだった。