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憐れんで見下ろして

 空から見る町の景色は平たんで、高層物といえる建物は非常に少ない。

 だからといって建築が遅れているかといえば、ブロック状に綺麗に区画分けされる町並みは、塊としての発展が垣間見える。

 川と反対方向の更地には、これもまた綺麗に草が刈り取られ、均した土が剥き出しとなる広場があった。

 俺たちを追い越した竜は、そのバリケードに覆われた更地に向けてゆっくりと高度を落としていく。


「あそこがいわゆる着陸場かな」

「自由なところに降りれねぇのかよ」

「きっと規律があるんだよ。違反すると空襲と間違われて面倒そうだし、ちゃんとあの囲いの中に降りよう」


 地表が迫ると、空を見上げる半獣半人の生物がこちらに気が付く。

 リーヴァの姿を見るなり四足を地に着けて走り出し、およそ着陸するであろう地点で立ち上がると両手を振る。


「あそこに降りろってことかな」

「物みてぇな扱いでムカつくな」

「まあまあ、抑えて抑えて」

「ネクロは物みてぇに扱ってくれてもいいんだぜ」

「そっちの欲もね」


 低空を滑るリーヴァが地面に向かって翼を煽ぐと、一度ふわりと体が持ち上がり、大きな振れを起こさぬようゆっくりと地に這った。


「あなたたちは何処から来られたのですか?」


 地面に降りようと身を乗り出したのだが、その前に犬と人とをミックスしたような

、半獣の男に呼び止められる。


「レミニセン大陸からだよ」

「随分と遠くからお越しのようで。このネオス町には一体なんの目的で?」


 目の前の獣人然り、飛んでいた竜然り、人の世界と違って魔物が訪れたという点は語っても問題ないはず。

 しかしリーヴァやミストがワルキューレ・アナテマであること、それは伝えてもいいのだろうかと頭を過る。

 すると俺の隣から、ひょこっとドールも身を乗り出した。


「私たちはレミニセン大陸から逃げてきたんだよ。魔物と一緒に暮らすには、あちらの大陸は不向きだから。かといってこちらの大陸のことも知らないし、降りて来たのは偶然だよ」

「移民、難民。そういうことですかね?」

「よく分かんないけど、たぶんそういうことじゃないかな? だから町に入れてくれると助かるの」


 なんというか、すごく大雑把というか馬鹿っぽいというか……

 そう、ドールは敢えて馬鹿っぽく嘘を吐いた。

 理屈っぽく騙すより、害意がないことを感覚で表してるんだ。


 ドールと俺とを交互に見つめて、ぐっと眉根を寄せる獣人の男。

 友好的な笑顔を無理やり作って、ハルモニアも頭痛に苦しむミストを引っ張って、リーヴァの背上から笑顔を覗かせた。


「……分かりました。指定区域の立ち入りは許可しましょう。手続きを致しますので、そちらの乗り物は鎖に繋げておいてください」

「乗り物じゃねぇ!」

「その巨体では町に入ることはできません」

「ネクロォォォ」

「大人しくしててね」

「殺生なぁ……」


 ようやっと大地に降り立つと、獣人の後に続いて町の方へと歩みを進める。

 着陸場と町の間には木製のバリケードが組まれており、近付くと表面には幾何学の模様が描かれていた。


「結界だね」

「これが結界か。ワルキューレ・アナテマを通じて、魔王も根城に施してる」

「特殊な塗料が結界を生む魔力を留めてくれるんだよ」

「同じようにカーラやリーヴァやミストにも、こんな紋様が刻まれてるのかな」

「無生物に魔力を留める為のものだから、生き物に書いたりはしないんじゃないかな?」


 ふと後ろを振り向くと、そこには痛みに頭を抱えて歩くミストがいる。

 改めて見る彼女はほとんど全裸に等しいが、確かに体には模様らしきものは見られなかった。


「どうぞこちらへ」


 獣人が案内するのは、町へと続く門に寄り添う小屋だった。

 部屋の中では武装した獣人が四隅にいて、壁には手枷やら鞭やら、万一の際にここで何が繰り広げられるかを物語っている。

 初めの獣人に促されて椅子に座ると、名前やら出身やら種族やら、身なりや持ち物やあまり見せたくないところまで、あますとこなく調べられた。

 一応女性は女性が調べてくれるそうで、更に奥の部屋へと連れて行かれる。

 瞬間よからぬことが頭を過るが、まあ彼女らのことだ。何かあっても自前の逞しさで何とかしてくれるに違いない。


 一通りの検査を終えると、通行証としての手形を渡された。町中で問題があれば手形を見せることになっていて、つまり持っていないか失くしてしまえば、不法入国的な扱いで罰せられることになる。

 金銭については独自の通貨が流通しているそう。素材の同じ金貨や銀貨でもレミニセン大陸のものとは違う訳で、流通しているものと取り替えられた。

 返ってきた財布は少し軽くなったような気がするが、とやかく言うと面倒そうなので黙っておく。


 そうしてようやく門を潜ると、広がる町の景色は軒並み屋根が低く、上に広がる空がとても大きく感じられた。


「景観規制でもあるのかな」

「空からの来襲を分かり易くしているのかもしれません。あとは土地柄や季節柄。低くせざる負えない環境なのかもしれませんね」


 どの通りも比較的広く、道の左右には木製の家々が立ち並ぶ。

 行き交う種族も一概にこうとは言えず、犬のような者もいれば猫のような者もいたり、鳥の趾を持つ者もいれば半牛半人の化物までが闊歩する。

 多くの種族が人のように衣服を着て、人のように店を開き、人のように生活していた。


「なんだかとても不思議だな。よく共存できるなって思う」

「だからこその景観なのかもしれません」

「と、言うと?」

「作られたような見通しのいい町並みは、異種混合の中での治安維持の為。区画分けしているのは繁殖の為」

「繁殖?」

「異種の交尾は成立するか不明ですから。コミュニティやテリトリーの形成は必須かなと」

「あ、なるほど……」

「そして木材建築という点も、流入してくる者が多いからこその建築様式かもしれません。これほどに体の構造の異なる者たちが住むとなると、建築も加工しやすい素材が選ばれるような気がします」


 ハルモニアの説明で、なるほど少しは合点がいった。

 ではさてこれからこの町で、カーラの言った三日間を待つことになるのだが――


「病院はあるのかな」

「なぜです?」

「ミストを診せてあげたいんだ」

「私がいるのに?」


 無垢な笑みを浮かべるハルモニア。

 館での戦いでは、ミストを気遣うような素振りを見せたが……


「ミストのことはどう思う?」

「頭痛辛いですもの、早く治して差し上げたいですね」


 ライバルの話題となっても変わらぬ態度。

 これだ。館の時とこれは同じだ。

 勝ったからこそ湛えてあげる精神。負けた相手を慰めるような上から目線。

 つまりハルモニアはミストに勝ったと確信していて、勝利とは恋の勝負の決着を示している。


「ハルモニアはミストを……」

「ええ、楽にしてあげますよ」

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