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また会う日まで

 外壁を反って角を曲がると、館の側面とを結ぶ川の流れが遠目に見えた。

 裏手は川に続いてる、そしてローレライのフルンが棲むとスカーは言っていた。

 空にリーヴァの姿がない以上、恐らく戦闘中か、はたまた……


「頼む、リーヴァ。生きててくれ……」


 最前を駆けるドールに、後ろからはミスト続いて、そして脇には手を繋ぐオルルが付いて来る。


「ネクロ様のお気持ちは嬉しいですが……やはり危険ですわ。いつ自分がどうなるか、私にも全く想像が付きませんもの」


 オルルの生来の吊りがちの眉は垂れ、弱弱しさを覗かせる。


「ここで見捨てるようじゃ仲間って呼べないんだ。安全を求めてばかりでは助け合えない。それは敵の術に掛かっていたって同じことだよ」

「それは、とてもとても崇高なお心掛けです」


 不安げな顔が綻ぶと、オルルの握る手は一層力強さを増した。


「ドールだよ。ドールが俺に気付かせてくれたんだ」

「ドール……」

「不思議だよね。俺を好きであるはずなのに、まるで皆の恋を応援するような立ち振る舞いだ」

「……いえ、きっとそうではないのですわ」


 間を空けて語り出す、オルルの瞳は忙しなく動く。

 言いたいことはあるが、何を言っていいか分からないように見える。


「ドールは無償の愛とは違う気が……うまくは言えませんが……」

「オルルにはそれが何か分かって――」

「まずいわねぇ」


 俺の問い掛けに被せて、後方からミストの声が上がった。


「まずいって、今この状況以外にも?」

「ラーズがこちらに向かって来る。分体に後を追わせてるけど見失ったわぁ。恐らくスカーを通じ正体がバレてぇ、今すぐにでもラーズは――」


 行く先と平行に流れる館の壁面がヒビ割れると、石壁を突き破ってラーズが姿を現した。


「このあたいを騙すとは……いい度胸だよ!」


 ちょうどドールが過ぎ去り、俺とオルルが通る空間を遮るように、四つ手に刀槍矛戟を構えるラーズ。

 ドールは咄嗟に振り返るも、その前にオルルの手が俺から離れ、前に出た金の後ろ髪が靡く。


「おや、お前は確か同志になって――」


 直後、俺の視界からオルルの姿が消えてしまった。そう思えるほどに素早い捻転と体の落とし。

 蹴撃の中でも特に強烈な後ろ回し蹴り。それを前蹴りと変わらぬスピードで顎に叩き込むオルルの長脚。


「あぎゃ!」


 反り返るラーズは踏ん張りを失くして地面に転がり、対するオルルは既に順構えに立ち直る。


「あなたの相手は私ですわ!」

「な、なんだい……主様はこいつの制御ができないほどに追い込まれているのかい」


 再び相まみえるオルルとラーズ。

 しかし此度のオルルの眼光には油断も隙もなかった。


「行ってくださいまし、ネクロ様!」

「それより皆で相手をした方が――」

「私はここに残りますわ」


 先に行け、ではない。

 後で追う、でもない。


「オルル、君は何を言って……」

「私はここでラーズと戦い、その後ネクロ様と行動を共にすることはありません」


 返す言葉も見つからぬ中で、背後から甲高い笑い声が高鳴った。


「あひゃひゃ! どーやらよーやく! 己の役割を理解したようですねぇ!」


 いつの間にか追い付いていたハルモニアは、己の望み通りで気分は上々。

 けれど返すオルルの声は平静だった。


「あんたの決めた役割なんて、どうだっていいですわ」

「は? では何に従って意志を決めたと?」

「私の意志よ。今ここにある確固たる意志。ネクロ様を愛する私の意志で、この場に留まることを決めたのですわ」

「はん、口では何とでも言えるでしょうに」


 ハルモニアは鼻で嗤うも、オルルはもはや何も返さない。

 オルルは俺のことが好きではなくなった? 迷惑が掛かるから身を退いた?

 ハルモニアに屈したと認めくないから、反抗的な言葉を述べたのか。

 だかもしも、オルルの言う通り自分の意志で決めたのなら。


「オルル……一緒に行こうよ」

「悲しくないと言ったら嘘になります。付いて行きたい気持ちも山々です」

「ならなんで……」

「これは最後のお願いですわ」


 別れ際に一目見ようと横顔を向ける、オルルの今生最後の願い事。


「私はネクロ様を好きなままで逝きたい」


 最後の最期のお願いは、これまでの中で最も、慎ましやかなものだった。


「こんな私を仲間と呼んで頂いて、オルルはとても幸せでございました」

「ごめんね……そして、ありがとう」


 オルルを追い越して、俺たちは前へと駆け出した。

 行く手を阻むラーズを背後のドールが牽制、一気に駆け抜けねばならぬところを、俺は立ち止まって振り返る。


「オルル!」

「ネクロ様?」

「またね!」

「……はい! またですわ!」


 お別れは笑顔で、後はもう振り返らない。

 仲間を信じるなら、前に進むだけなんだ。



「身を犠牲にしたつもりだろうけどねぇ、主様が気付けばすぐにお前も――」

「私は……もう他人に惑わされたりしない。気付いたのですわ。恋は蹴落とすのではなく、己を高めるものだと。ドールのお陰で気付くことができたのです」

「己を高める……」

「子を失ったあなたは、それで良いのですか」

「あ、あたいは……あたいは……」

「エイル、ごめんね。仲間だったのにね。蹴落としてしまってごめんなさい。そしてありがとう、ドール。体は滅びても、これできっとネクロ様の心に――」

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