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イクイクさんとボロリ

「戦闘技術の剥離があまりにも大きすぎる……」


 一流の武器を使おうが、楽器や筆や調理道具を用いようが、プロの技術には敵わない。天下五剣だろうがストラディバリウスだろうが、技術の差を覆すことなんかできやしない。

 力を吸収し続けたミストの肉体は高スペックだが、圧倒的に技術が足りない。

 突き付けた腕の狙いを変えられて、振りかぶる肩の動きを遮られ、掲げた掌への魔力の流れすら止められるその様は、弄ばれるという表現が相応しい。


「おのれぇぇぇ、当たりさえすればぁぁぁ」


 ああ、ミスト。それは俺でも分かるよ。その考えは一番いけないものだ。

 当てる為にどうするかが大切で、当たりさえすればというのは博打特有の、100%負けに向かう思考回路だ。


「駄目だ。ミストじゃオルルに勝てない。これならハルモニアが代わった方が……」

「残念ですが、知識があるだけで技術がないのは私も同じです。こと戦闘に於いてはミストより役に立てないと思います」

「で、でも! ハルモニアには悪性腫瘍を作り出す、悪性再生(リプロダーク)があるって言ってたじゃないか!」

「私は植物の生態に詳しくありません。腫瘍を生み出して、果たして植物にとって致命打となりえるのでしょうか。そもそも構造が違うのですから、再生行為すら通用しない可能性が高いです。優れた医者に良質な野菜が作れる訳ではないのですよ」

「それじゃあやっぱり……ドールが来るのをここで待つしかないのか……」


 ドールがいれば……ドール()()


「あ……」

「どうしました?」

「これも負けに向かう考えだ……人に言える立場じゃないじゃないか」


 ファッシネイションも使えぬ俺はこの場で最も役立たず、どころか手足を纏う枷となる。

 そんな俺にできることなんて知れてるが、やらねば何も変わらない。たかが助言でも、俺の声は皆に届きやすいはず。

 そうして闇雲に魔法を打ち続ける、ミストの背に声を上げた。


「ミスト! やけにならないで! いったん冷静になるんだ!」

「私は冷静よぉ! ぜぇえええったいに! ぶっ倒してやるんだからぁ!」

「それが冷静じゃないって言って――」


 荒ぶるミストがちらりと一瞬こちらを向いた。

 その顔は怒りとはほど遠く、しとやかな微笑みを湛えていて、すぐに前へと向き直す。


「ミ、ミスト?」

「言う通り、ミストはやけになってますね」

「でも……今の顔はとてもそんな風には」

「ただし、勝つことにではなくネクロさんを守ることに。でしょうかねぇ」

「勝つことではなく、守ること……」

「ミストにとってはレベルの高さも闇の力の誇りも、今となっては二の次なんです。では一番は、というのは愚問でしょう」


 ミストはオルルに勝とうとしていない。

 厳密には、勝ちより優先するものがある。

 今この場で、最も大事なことは……


「まさか……」


 派手な争いから目を逸らし、静まる背後に目を向ける。

 そこには蔦と根のひしめく壁が聳えるだけだが、仄かに薔薇の(ミスト)が香っていた。


「ミストは既に外へ……分体を作るのも、夢の中だけの技じゃなかったんだ」

「ミストはドールについて薄知りですし、口づけの際にちょこっと助言をしました。あえて激しい魔法や素振りを見せるのは、意識を分体から逸らす為でしょう」

「ミストの方が俺よりよほど冷静だったね。それにしても、ハルモニアの口からミストへの理解が聞けるなんて意外だったよ」

「そうですか? 私はいつもとなんら変わらないですよ」


 そうは言っても、ハルモニアにだって人格があり性格がある。

 ドールが変化を見せたように、いずれ少しずつ意識が変わることだって、きっとあるに違いない。


「あぁ~♪ そろそろイイ感じ。愛する者の目の前で、たぁっぷりと種付けしてあげるからさぁ~。泣き叫んでくれると嬉しいなぁ~」


 見上げればだらしなく唾液が滴り落ち、恍惚としたスカーが上目を向ける。


「まだまだ数分といったところじゃろうが……サービス料金は負からんぞ」

「強がったところで、どうせ植物の仲間入りをするんだから~。花びら三回転くらいは楽しもうじゃないの~」


 スカーの昂りに同調して、部屋全体がびくびくと脈動をはじめる。


「まさかこの震えは……」

「私が行くしか――」

「おぉっと! 絶頂の邪魔をしないでよねぇ? 私が男の命を握っていることを忘れるなよなぁ?」

「くっ……」


 駄目だ、間に合わない。このままじゃ排種を止められない。カーラまで操られてしまえば全てが終わってしまう。

 そんな窮地だというのに、俺はただこのまま、指を咥えて見ているしかできないっていうのか!?

 俺は……俺は……!


「スカァアアア!」

「あはぁ……イキそ……」

「これを見ろぉおおお!」


 頭のいかれたローズにリリー、町の住民は悉く女の姿をしていた。

 例え植物でも人格や好き嫌いがあり、そしてワルキューレ・アナテマを手中に収めるスカーの好みはきっと――


「イクゥウウウゥゥゥ……うえ……おろろろろ……」


 例え戦えなくたって、できることは他にもある。

 いかに防御の値が高かろうが、精神にまで及ぶことはないはずだ。


「ネ、ネクロさん!? その立派な御竿と御玉は!」

「何も言わないでくれっ」


 女体を好むであろうスカー前に、大事なところを丸出しで仁王立ち。

 カーラの命と比べたら、辱めの方がよっぽどマシなんだ。


「て、てめぇ……汚いもの見せやがって……せっかく気持ちよくイケそうだったのに、すんでのところで萎えちまったじゃないか」

「あ、あははは……」

「君を生かしていた方が、彼女らを痛ぶるのに使えると思ったんだけどねぇ。だけどその面……へらへらしやがって……虫唾が走って走って……」


 スカーを包む燐光が、紅蓮の滾りへと移り変わる。


「君から先にぶち殺す!」


 その怒りは根を通じて部屋を揺らす。

 脈動とは比にならない、立っていられない程の振動に変わり果てた。


「あわわわ……」

「ネクロさん! しっかり! 私の背後に隠れてください!」

「どこに逃げたって無駄さ。この部屋は全て、私が包囲してるんだからなぁ!」

「全てじゃないよ」


 降り注ぐ瓦礫に混じり、天から舞い降りたドールは、スカーの目先三寸のところに

自慢の愛杖を突き付けた。

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