魔闘術
「ミストォオオオ! これを受け取りなさぁあああい!」
「ちょ……ハルモニア!? 受け取るって何を!? それよりネクロちゃんを守りなさいって言ったじゃ――」
ハルモニアが俺の下を離れ、あまつ受け取れというその文言に、ミストは咄嗟に霧化を解除したのだろう。
重なり合う肌と肌。傍目には天使をたぶらかす悪魔のような構図だが、ハルモニアの方が瞳を閉じて顔を寄せると。
「ん~~!」
3の字に窄んだ口先が、ミストの肉厚な唇を奪い去る。
淫らを生業とする淫魔だが、さすがに突然の接吻には驚きを隠せないようで、麗しきウェーブの黒髪が天に向かって総立ちした。
「むにゅむにゅむにゅ……」
「ちゅぱちゅぱちゅぱ……」
スカーの接吻に比べれば幾らかマシだが、こちらもこちらで結構えぐい。
何か話しているようにも見えるが、止むことなく背中に撃たれる弾丸に悶えているだけのようにも見える。
ただし本当に嫌そうな顔を見るに、心地よさに喘いでいる訳ではないのだろう。
「ぶちゅりぶちゅぶちゅ……じゅぽん……は、離れなさぁい!」
ミストはハルモニアの首根っこを掴み引き剥がすと、そのまま体を弾避けの盾とした。
「痛っ、いたたた!」
「当然の報いよぉ! 大事なファーストキスをあんたなんかに!」
「私だって好きでやってるんじゃ……痛っ、弾が大事なとこに当たってます!」
「どういうつもりか話さないとぉ、三穴め四穴めができちゃうんだからぁ!」
「ネクロさんがご興味あればぁ!」
「傷穴はちょっと……」
「分かりました! 話しますよ! あなたに精気を託しただけですって!」
「精気を私に……そういえば……」
「どうです? 私の尊い精気のお味は!?」
「加齢臭がするわ!」
「歳の話をするんじゃ――」
喚くハルモニアをぶっきらぼうに放り投げ、ミストは再びオルルの方へと向き直す。
「むしろ精気を奪われた気分よぉ。戦いが終わったらとっちめてやるんだからぁ」
ぐう垂れるミストだが、取り込んだ精気の影響は如実に身体に現れる。
肌艶は光を返すほどに磨きがかかり、胸の張りも更に増したことで、身に纏う頼りない紐は、むちむちとぴちぴちと、はちきれんばかりに悲鳴を上げた。
「ス、スタイルが良くなっただけ?」
「これが私の隠された力……HHH!」
「え、えっちっち……」
「HOTでHONEYでHってことよぉ。トリプルエッチでスリーアウトォ! チェンジは無しよぉ」
「ちなみにエッチは和製英語らしいです。変態の頭文字と言われてます」
「そんな豆知識いらないよ! そんなんで戦えるの!?」
「うふん、嘗めるように見てて頂戴」
ミストとオルルを直線に結んだ一筋の橋を渡るように、足を交差するミストはまるでモデルのような歩法だ。
迫り来る弾丸を前にしても背筋を張り、透過することを予期したハルモニアが俺の前へと躍り出るが……
「弾が……飛んでこない?」
弾道は間違いなくミストに向いているはず。ならば実体となり俺の盾になっている? しかしミストにダメージを喰らう素振りは見られない。
すると再び顎が上向いた。それは額に弾丸を受けたからで、けれどのけぞるのは攻撃を加えるオルルの方という、不可思議な光景が広がる。
「これは一体、何をしたんだ」
「もっちり白肌むちむちボディでぇ、相手の攻撃を跳ね返すぅ!」
「その体にそんな秘密が……すごいよミスト! これで防御と反撃を両立できる!」
「あらぁ、嬉しい! だけどあまり興奮させないでぇ? せっかく柔軟を得たのにぃ、ココとかアソコとか、硬くなっちゃうわ――」
「に、逃げて……」
余所見するミストに囁くオルル。
まるで殺人マシーンのように、機械的に弾を放つだけであったオルルは遂にこの時、力強く踏み込んだ。
それはサッカーボールキックのように大きく振りかぶる、円運動を伴った強靭な蹴撃。鉄板すら貫く、斬の要素を含めたオルルの脚が繰り出すその技の威力とは。
「おっぱい白刃取り~」
意外にもミストの谷間の中に、易々と絡め取られた。
「本当にすごい! オルルの襲撃を捕えるなんて!」
「本当はネクロちゃんのアソコを挟みたいんだけどぉ……それにしても、オルルの武術とやらも存外大したことないのねぇ」
「は、離れて……これは私の蹴りじゃないですわ……」
「なになにぃ? 負け惜しみ? やっぱりレベルの差を超えるなんて……って……なんだかとっても……」
汗ばむミストの肌は色気付くが、そんな色欲を掻き消すような焼ける臭いが辺りを漂う。
「あっつぅい!」
反射的に退いたミストは崩れるように尻もちを着き、その場に残るのは燃え盛るオルルのつま先だった。
「ミストの奴、肉厚になって気付くのが遅れたようですね」
「そんなことより! あのオルルの蹴撃は!?」
|ああ、あれも魔闘術ですね。細かく言えば魔法力学。魔素の遠心運動を使った闘法です」
「ど、どういうこと?」
「体内に魔素があるのはご存知ですよね?」
「クインタ・エッセンチアだよね」
「そうです。そして基本的には意識を集中して高めるのですが、遠心力で末端に集めることもできるんですよ。打撃と同時に魔法も放てるのです」
「そんな無理やりな……」
「そう、無理やりです。集中して体全体から高めるのではないですから、攻撃後には魔力の流れに乱れが出ます。乱発はできず、不意打ちの要素が強いです」
ミストはレベルは高いが戦いは未熟だ。夢の中とはいえ、リムルに翻弄されるほどのレベル主義者。
対してオルルはレベルに捉われない技術を培ってきた。
「でも、オルルはあれを自分の蹴りじゃないと言ってたね」
「オルルの技術はオルルの意識で繰り出せます。本人の意志で動かなければ、技術の出しようがありません」
「つまりあの蹴撃はオルルのものじゃないと?」
「スカーでしょうね。罠とはいえ、蹴りの軌道が単純過ぎます。本気のオルルの蹴りならば、ミストには見ることさえできないでしょう。そして動けぬ植物なら、戦術がアルスマギアに寄るのも頷けます」
もはや元のオルルとは別物だ。
そして魔法寄りの戦いとなると、せっかくの物理無効の優位性も失われてしまう。
「植物の癖にぃ、炎なんて使ってるんじゃないわぁ」
「ごめんなさいごめんなさい……ネクロ様……私の意志じゃ……」
次に何を繰り出すかはオルルにすら読むことはできない。オルル本人も、攻撃の助言をすることはできないんだ。
「植物は水分が含まれている内は燃えにくいんだ。固定観念に囚われないで!」
「ありがとう、ネクロちゃん。でも安心してぇ、私にはレベルに相応しい魔力だって備わっているのだからぁ!」
レベルと精力。膨大な魔法の力が取り巻くミストは俺からすれば迫力があり、それらを一点に収束する流れは力強く、そして掌をかざすその様は。
「闇の魔法。愛の次に強力な力を喰らい――」
次に何をするかが丸分かりである、テレフォンマギアだった。
操られるオルルは素早く指を差すと、先端から飛んだ魔法は先と変わらない魔法弾。
それは強力な闇の魔法と張り合う為に撃たれたものではなく、チャージするミストの肘関節に狙いを澄まして放たれた。
「きゃあ!」
当たることが前提の魔法のジャブは、ミストの肘関節を曲げ、まるで強烈なストレースがパリング一つで逸れるように、闇の魔法は虚空に狙いを外された。




