いやらしガード
ドールなら帰還魔法でこの館から脱出できる。脱出さえできれば外にはリーヴァもいる。
そして上手く空に逃げられれば、一度態勢を整え直すでも良し。距離を取れればカーラも本気を出せるかもしれない。戦い様は幾らでもでてくるはずだ。
「――ちゃん――」
その為にも、ドールの勝利を祈るだけじゃなくって、何かコンタクトを取る方法がありさえすれば……
「――ネクロちゃん!」
「え!?」
意識を目の前に戻すと、実体と化したミストが肩を押さえ、そのミストを挟んで直線上に、腕を伸ばしたオルルが指先を突き付ける。
それは武術の構えから逸した、まるで空のハンドガンを持つような特異な構え。
「これも江流布神拳?」
「いいえぇ……これは魔闘術ねぇ」
「あるすまぎあ?」
「魔法を使った闘法よぉ。戦闘魔法を最大活用する戦闘技術。それにしてもオルルに魔闘術が使えるなんてぇ、聞いてないんだけどぉ」
思い返せば皆の秘密を聞いた時、オルルは戦闘魔法が使えると言っていた。
「ご、ごめん! 俺、そのこと知ってたんだ。仲間といえどこの状況なら、先に伝えておくべきだった」
「ああん、ネクロちゃんは悪くないんだからいいのよぉ。流れ弾に気を付けてねってぇ、それだけを言いたかったのぉ。魔法の種類によっては私の体にも通じるし、それに今はぁ……」
魔力が指先に集束し、それを豪快に解き放つ――というのは、ボクシングで言うところのテレフォンパンチと同じであり、オルルの指先は何の前触れもなく瞬いた。
「くっ……」
同時に上向くミストの顎。
それは何かの直撃を額に喰らった反動で、正体は魔法のジャブと言っても過言ではない、当たることが前提の魔力の弾丸だった。
「こんな戦い方があるなんて……」
「魔法を武器とするならば、当然戦闘技術も編み出されます。強い魔法が鋭い剣や槍だとして、持つ者が戦闘のド素人では、伝説の剣でも話にならないですよね?」
「確かに、言われてみれば当然のことかも」
なぜだか魔法使いのイメージは、魔法を覚えればマスターした風に見えるけれど、それを戦闘技術にまで落とし込まなければ真の完成とは言えない訳か。
「今オルルが放った魔法も、ああ見えて拳銃の破壊力くらいはあるんです」
「じゅ、銃弾と同じだなんて! でも物理に近い魔法なら、霧になって躱してしまえばいいじゃないか!」
「そうですね。ですがミストにそれは選択できません。なぜなら射線上には……」
「俺がいる……」
オルルの狙いは意志に反して俺に向き、盾となるミストに銃撃の嵐を浴びせ続ける。
「ああ……神よ……どうかネクロ様だけは……」
死なせてもらえず、あまつ愛する人を傷付ける行為を強要され続けるオルル。
もはや精神は限界で、放心したようにうわ言を呟き続ける。
「ミスト! もっと早く俺が的にされてると言ってくれれば、少しは和らげることもできたのに!」
「そーなんだけど……いたっ……いったぁい……もう!」
「今からでも、どこかに身を隠す場所は……」
「いえ、ネクロさん。どこにいても危険です。部屋の中にいる限りはスカーに触れているのと同じですから。唯一安全な場所は……ですが……ねぇ? ミスト?」
ミストの背後の陰。意味深に笑みを零すハルモニアだが、ミストはそれを見透かしたように声にドスを利かした。
「この後に及んでムカつく女ねぇぇぇ……いいからとっととやりなさいよ!」
「えぇえええ!? いいんですかぁ? ではではぁ、カーラもミストも自ら進んで認めてくれたことですし――」
ハルモニアは俺に向き直すと、真白の翼がぴんと左右に広がった。
その翼を煽ぐでもなく折り曲げると、俺の体を包むように背部に回り、豊満な胸の中へと押し込まれる。
「むぐ……むぐぐ……」
「どうですか! ほらミスト! これで良いか見てくださぁい! あなたの要望通り、ネクロさんは私がきつぅく抱き締めて! おっぱいが潰れるくらいに抱き付いて! おちんぽが挿入る位に抱き寄せて! 余すとこなく密着して守ってあげてまぁす! あなたのお望み通り、ミストの願い通り!」
「マジでうざぁいんだけどぉぉぉ……けれどここから先は流れ弾も飛ぶんだからぁ、ちゃんと命に代えて守ってなさいよぉ!」
苛立つ足取りでオルルに迫る、ミストの皺の寄った眉間に弾丸が打ち込まれる……が。
「弾がすり抜けていく。霧になったミストには物理攻撃が通用しない」
「己の攻撃のタイミングでは実体化せざる負えないですが、それも魔法が使えれば問題ないですね。恐るるは霧を蒸発させてしまう炎系の魔法でしょうか」
「油断はできないってことだね。ミスト……頑張って……」
「ネクロさんも目を出すのは危険ですから、頭を胸の中に埋めてください」
胸である必要はあるのかと、突っ込む前に翼が頭に覆い被さる。
しかしそうはいっても、俺より小柄なハルモニアの体型だ。全てを隠し切ることはできないし、毒霧のように細かな粒子までは防げない。
毒霧は防げない……霧は通り抜ける……
「ミストってさ――」
「なんでしょう?」
「霧になればこの部屋から出られるんじゃない?」
「あ……」
ついつい、茎根に覆われた部屋からは出られないものだと思っていたが、そもそもミストはイェネオス王子の部屋にも忍び込める技の持ち主じゃないか。
「こうしちゃいられない! ミストにドールを呼びに行かせるんだ!」
「ですが! オルルの相手をミストがしなければ、誰がネクロさんを守るっていうんですか!」
「だからミストに力を与えるんだ。俺の精気をミストに与えて、オルルを圧倒して戦闘不能にするんだよ!」
「ネクロさんの精気を……ミストに……」
俺を包む白翼に力が入る。
私のものだと、強請る子供のようにしがみ付く。
「ハルモニア! こだわってる場合じゃないだろ! 離してくれ!」
「私が……この私が……ミストに精気を与えます」
「で、でも……ハルモニアは女じゃないか」
「女にだって精気はあります。今少しだけネクロさん、この場を離れます!」
両翼を開くと、最後まで繋いでいた手を名残惜しむように切り離す。
そしてハルモニアは射線上に立つミストに一直線、力強く羽ばたいた。




