表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/65

災いと殺戮モード

 これまでの強敵たちはレベル2~300が関の山。その中でラーズの444レベルはとりわけ高い位置に達していたが……


「け、桁違いだ……」

「ま、そーゆーことだね。当時のラーズは蜘蛛糸と武器術を駆使する器用な奴だったけど、捕えるのは造作もなかった。罠を仕掛けるつもりだったんだろうけどさ、そもそもが私の腹の内にいるんだからねぇ!」


 館が大きく震え、硬い床が波のように流動する。

 地面を挟んで館の下にはスカーの一部が通じていて、地上に伸び上がる根は壁を這い天井を覆うと、礼拝堂は本当に腹の内となってしまった。


「逃げ場を塞がれた!」

「なにやら外にいる君の仲間は、大空を飛べるみたいだからね。唯一の弱みだからさ、宙を逃げられると厄介なんだよ」

「ラーズを通じてリーヴァのことも……だけどなんで外にいると分かるんだ!」

「私が取り込んだ魔物はね、ラーズだけじゃないんだよ。館の裏は川に通じてるんだが、水妖ローレライのフルンがいるんだ」

「それもまさか……」

「そう、ワルキューレ・アナテマさ。ちょっと頭はイカれてしまったけど、レベルは確か427だっけな。ふふ、セイレーンにローレライ、海と川の歌姫(ディーヴァ)のデュエットも興味深いねぇ」


 レベル300のドールに対してレベル444のラーズ。レベル256のリーヴァに対してレベル427のフルン。

 そして今この場では、レベル200台のミストと300台になったカーラ、そしてハルモニアは疑わしき1000レベル相当だが、スカーは実力も伴うレベル1216だ。

 そして何より頼みの綱である、ファッシネイションが通じない。


「まさか、俺たちはここで負けるんじゃ……」


 最悪の事態が頭を過る。

 悪趣味なスカーのことだ、負ければ惨死か傀儡の運命か。

 現実味を帯びる恐怖に震える肩を、三つの掌が押さえて止める。


「安心せぇ、ネクロ殿」

「例え何が起ころうともぉ」

「ネクロさんだけは絶対に、助け出してみせますから」

「みんな……」


 俺への気遣いが、今少しだけの冷静さを皆にもたらし、それを見るスカーは逆に、息を巻き歓喜の笑みを咲かせた。


「イイ! すごくイイよ! 怒りと消沈の落差より、希望から絶望への移変が最も興奮するんだよねぇ! 華々しい絆を一つ一つ、まるで花占いのように丁寧に、ぶちぶちと毟り取るのが最高なんだぁ!」

「生憎わらわとネクロ殿の絆は鋼より丈夫でのぉ……」


 蛇となったカーラの半身はとぐろを巻く。

 筋肉がバネのように軋み、スカーを睨む蛇の目は刃の鋭さへと磨かれる。


「裂けるものなら裂いてみよ!」


 弾丸。いや、戦闘形態(メタモル・ア・ゴーン)を遂げて巨大化したカーラの突進は大砲だった。

 子供の頃に見た怪獣映画さながらの大迫力で、大木に平手を打ち付けるカーラは、今にも喰わんとする勢いで鋭い牙を剥き出した。


「動けぬならばぁぁぁ……そのまま薙ぎ倒してくれるわぁ!」


 カーラは打撃の手を枝に絡めると、押し相撲の状態へと持ち込む。


「なかなかの力じゃないか」

「素早さは劣るがのぉ、力重視の形態じゃからなぁ!」

「だが、それでも君は動いてる」


 それは当然、動かぬ相手などいる訳――って、対するスカーは動かない。

 突進に動じないというだけではなく、スカーは動く物ではなく植える物だから。


「まさか、うぬのレベル1216というのは……」

「その通り、皆無の素早さを踏まえた上でこのレベルだ。つまりその分どうなるか、利口な君なら分かるよねぇ?」

「ぐぬぬ……」


 地に根を張るよう、という言い回しを地でいくスカー。

 カーラの押しに対して、まるで涼しい顔を崩さない。


「ダメージゼロなんだよなぁ。むしろ君の方が消耗するばかりだ」

「ならば……これならどうじゃ!」


 逆立つ翠色の髪は、先端を蛇頭とする毒牙だ。

 それぞれが意志を持ち、ラーズですら及ばぬ千手となって、スカーの樹皮に牙を立てる。


「これは毒……かな? けど残念。自然には様々な毒素があってねぇ、その全てを取り込む私の毒耐性は――」

「間抜けがぁ、これは他に類を見ない石化毒じゃ」

「なんだって?」


 カーラの毒は極めて稀な石化毒。

 治癒に特化したハルモニアですら手が出せず、抗体はカーラだけしか持ち得ない。


「油断が命取りになったのぉ。幾らレベルが高かろうが、強さを度外視した治癒不能の猛毒じゃ。して、初のお味はいかがかの?」

「それは……その……」

「んー? よく聞こえんのぉ」

「味わわせてくれなきゃ何も言えないよ」

「なんじゃと!?」


 よくよく見れば、髪先の蛇たちは噛みつくのではなく、樹皮を咥えている。

 力む顎を見る限り、それが精一杯の力だということ。


「馬鹿な……牙先の圧点すら通さぬだと!?」

「歯が立たないという比喩表現、身に染みて理解できたかなぁ?」


 素早さを捨てた防御に偏るステータス配分。

 一つの値だけで見てみれば、きっと1216レベルなどでは留まらない、極めて高い防御力を示しているはずなんだ。

 だが当然、その力は守りだけには終わらない。

 ふと地面からの脈動を感じ、足元に目を向ける。


「これは……蔓?」


 改めて見渡すと、部屋の四方八方で蠢く触手のような蔓の束。

 一斉に伸びるそれらは蛇髪を凌駕する万の手となり、カーラの五体へと絡みつく。


「ぐぁあああ!」


 縄のように縛り、鞭のように叩かれるカーラは、これまでに見せたことのない苦悶の表情を滲ませた。


「巨大化したのが仇になったねぇ。絞め殺せばそれでお終いだけど……うーん、どうしようかなぁ」


 サディストが幸いし、かろうじて生き永らえるが、生殺与奪はスカーの手にあり、もはや幾ばくの時間も残されていない。

 それに殺されずとも、種とやらを埋め込まれてしまったら……


「カーラを助けてあげて!」

「…………」

「ミスト!」

「……癪だけどぉ、今ばかりは仕方ないわねぇ!」


 全滅してしまえば恋敵も何も関係ない。

 ここで初めて共闘を見せる仲間たちだが、阻むのもやはり仲間だった。


「あなた、邪魔する気ぃ?」

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……許してぇえええ!」


 ミストの前に立ちはだかるオルルだが、切な謝罪は俺に向けられる。


「こ、これじゃカーラを助けに行けない。あとはハルモニアだけだけど……」


 ちらと視線を送ると、ハルモニアは存外神妙な面持ちで頷いた。


「承知してます。負ければ元も子もないですから」

「ハルモニア……!」


 腰を落とすハルモニアはクラウチングのような姿勢でスカーを見上げる。

 蠢く蔓に捕まらぬよう、勢いを付けて足を踏み切る――刹那の瞬間。


「く、来るでない……うぬに貸しを作るなど反吐が出るわぁ」

「カーラ!? あなた、そんなことを言ってる場合じゃ……」

「みなまで言わすな。わらわなどより、ネクロ殿の安全を……」

「それって……」

「腹立たしいがのぉ……うぬが守れと言っとるのじゃ!」


 俺からすれば耐え難い光景だが、カーラの懇望を見るスカーの口端は、歪にぐにゃりと吊り上がる。


「弱虫の癖に強がっちゃって」

「黙れ……その薄汚い口を止めんか……」

「知ってるんだよ? 海を渡ったワルキューレ・アナテマってのは弱いんだよ。生存競争に勝てないから、尻尾を巻いて逃げたんだろ? ん?」


 煽るように面ばかりを覗くスカーに、カーラの半身は見えていたのだろうか。

 半人半蛇の境目が薄くなり、蛇肌が上るその様を。


八岐(アハト)――」


 その瞬間、カーラは思い直したように視線を外して俺を見た。


「くっ……」


 そう言えばカーラはもう一段階の変身があると。

 それは理性を失い、俺を危険に巻き込むかもしれないと言っていたが……


「カーラ! 気にせず力を解放してくれ!」


 俺の叫びを耳にしながら、渾身の力で抗うカーラの肌の境目は元通りとなった。


「そ、それだけはできぬ……できぬのじゃ……」

「なぜ!?」

「殺してしまう。万に一つもなく百パーセントじゃ。わらわはネクロ殿もろとも殺してしまう。だからそれだけは……できん!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ