乳お化け
右脇の目線の下にはハルモニア。
左脇の同じ目線にリムル。
両脇に女を抱えて異世界の町を闊歩する。
「そういえばちゃあんと、お金は貰ってきましたよぉ」
「はは……それってほんとに貰ったの? 奪ったじゃなくて?」
「金なら私も持ってる。私と一緒の宿に泊まろう。天使は地面に寝るといい」
「調子乗ってますね、はい。調子乗ってますよ、あなた!」
渡してなるものかと、右玉をハルモニアに掴まれて、すぐにリムルは左玉を掴み返す。
「うひ……」
「私が蘇らせた、私のネクロさんです!」
「私が助けた私のネクロだ」
「それは俺の息子たちで、俺じゃないんだけど……」
まだ日も暮れていないのに、しきりに宿に行きたがるハルモニアとリムル。
童貞の俺はどうリードしていいのかも分からない。おろおろと戸惑えば、普通なら情けない男と見限る女性が多いはず。
しかしこの魅了の力、ファッシネイションはその性質すらも含めて惚れさせる訳で、困り顔の俺をしきり可愛いと褒め尽くす。
「私がリードしてやるからな」
「アバズレが。使い古しなんてネクロさんには相応しくないです。清らかで無垢な私が初体験に相応しく――」
「言っておくが私も経験などないぞ。戦いに明け暮れて妄想だけで育ったタチだ。しかしやることくらいは分かってる。縄で縛り上げ、鞭で叩くのがいいんだろ?」
おいおい、それは相当に歪んだ知識だぞ。
「痛いのはちょっと……」
「安心してくれ。私が喰らう方だからな」
「そんな見た目でどMなの!?」
「殴られるのが好きで戦ってる節があるからな」
マゾヒストを告白するリムルは得意げに鼻を鳴らす。
騎士道武士道とは逸脱した、とんだ変態女だったみたいだ。
「だったら今この私が、ぶっ殺して差し上げます!」
「男に乱暴されるのが好きなだけで、女に殴られるのは趣味じゃないんだよ。返り討ちにしてやる、乳デブ女」
「何ですって! 貧乳の癖に!」
「お前がでか過ぎる馬鹿乳なだけで、私のサイズは巨乳の範囲だ。天使を名乗る癖に淫らな奴め」
そうして再び火花が散る。
ハーレムなんて憧れるが、実際は和気あいあいと仲良くするなんてのは難しいのかもしれない。
「いい加減にしてよ……それよりお腹が空いたな。何か食べに行かない?」
全然腹など減ってないけど、とりあえず意識を別のところに向けてしまおう。
「そうですね! 行こ行こ、ネクロさん!」
「たぁっぷり、精力の付くものを食べるべきだ!」
互いに反対方向に腕を引かれ、体が裂けてしまいそうになる瀬戸際。偶然目に入った食堂の名を叫び、そこに行くことに落ち着いた。
中世に似たファンタジーの世界観。料理は黒パンや質素なスープを予想したが、出て来たものは存外しっかりとしたものだった。
「小麦に似たパンに肉もある。胡椒まで利いてるなんて」
「おいおい、どれだけ酷い生活をしてたんだ。当たり前の食事だろ?」
「ネクロさんは知らないですものね。ちなみに大体の異世界には、飲み水もしっかり存在します」
「へぇ、昔はアルコールばかり飲んでいたって聞いたことがあるけど」
事情を知らないリムルは首を傾げるが、数多の世界を知るハルモニアはうんうんと首を振る。
「そうですよね。でもここは昔ではなくて魔法のある世界です。ネクロさんの知る歴史とは違う道を歩みます。では質問、仮に魔法があったとして、ネクロさんの過去の世界に当てはめたら、どういうことが起きるでしょう?」
「どうって……うぅん……魔法を使った戦いがあるくらいしか……」
くすくすと笑うハルモニアだが、そこに馬鹿にする嫌らしさはない。
「生活に使われます。水魔法で生み出す清らかな水は飲み水に農耕に、風呂にも使えますよね。土魔法は田畑を耕す手間を省きます。風魔法の風力は帆船の高速化を実現します。魔法のあるファンタジー世界に於いて、地球の過去の歴史の世界は再現されないということなんです」
なるほど。
確かに魔法が普通に存在する世界で、生活が地球の中世と同じというのはあまりにも不自然だ。
「何を言っているのかさっぱりなのだが……」
「いや、なんでもないんだ。ちなみにリムルも魔法を使えるの?」
「魔力の多寡はあるが、使えない奴なんて見たことないな。しかし仮に魔力がないとしたならば、飲み水を常に持ち運ぶということか? なんとも不便な世界だな」
飲み水を運ぶのが不便だなんて、魔力が当然の世界だと、こうも認識が変わってしまうのか。
氷魔法もあるのなら、食材の保存の常識も変わってしまうのだろう。
「つまり中世警察の突っ込みは、魔法のある設定を無視した滑稽なものという訳ですね!」
「中世警察?」
「ふふふ、数多の世界を知る私の独り言です」
ハルモニアの言うことはよく分からないが、とりあえず食事を進めていく。
初めは俺の食べるところをしきりに見つめていた二人だが、その内に交互に口に食べ物を運んでくれるようになり、最後には口移しをねだられたが、それはさすがに恥ずかしいので断った。
食事を終える頃にはようやく陽が傾きはじめる。
宿を見つけて部屋を取るが、当然のように相部屋を求められる。あまり汚さないでくれという、宿屋の主人の無言の眼差しが痛い。
部屋には風呂が備え付けてあった。しかし蛇口はなく、水は自分で用意しろということなのだろう。
金属製の桶のようなものに水魔法で水を貯え、その下のかまどのようなところに炎魔法で火をつける。
そして沸いたお湯を風呂桶に移し替えるという訳だ。温度調整は風呂桶に水魔法を直接流し込むことで行うらしい。
「まさか……ネクロは魔法を使えないなんてな」
「面目ない……」
「いいんだ。むしろ私が役に立てて嬉しいとすら思ってる。私が出した聖水でネクロが体を清める……ふふ……興奮させてくれるじゃないか」
このリムル、やばい発想の持ち主なんだけど。
湯に何か混入されないかとても心配だ。
「ネクロさんの背中は私が流しますね!」
「貴様は引っ込んでろ。私が体を密着させて洗ってやる」
「リムルは風呂焚き役だけで満足してください」
「風呂全般が私の役目なんだよ。乳お化けは指を咥えてすっこんでろ」
「乳お化けですってぇ!? くきぃ~、許さないんだから!」
もう、いつまでも喧嘩が終わらないじゃないか。
揉め事にならないように一人で風呂に入らせてくれとお願いし、渋々了承する二人だったが、俺が風呂に入って暫くすると、全裸の二人が突入してきて――
あまりの刺激と衝撃に、俺は速攻ブラックアウトした。
※ここまで読んでくれたそこのあなた! ハルモニアやリムルにぶっこむつもりで評価と応援宜しくです☆