ちゅーして欲しいの
「転生者として生まれた私の力。天使のクソ女には雑魚呼ばわりされたけど、とっても凄いんだから」
「あはは……期待してもいいのかな?」
「当然よ! なんたって私の力は鍛えた城の兵士にも劣らない、レベル20もあるんだから!」
ドヤ顔で胸を張るセルフィは、皆にも聞こえてしまう程の甲声で己の力を暴露した。
「レ、レベル20……」
「開いた口が塞がらない? そりゃあそうよね。私だって転生する前は非力な女子だったから――」
「ちょっと待って!? 他に何か力はないの?」
「スキルっていうものがあるわね」
「スキル! そうだよ、俺と同じで強力なスキルがあれば……」
「えぇと、お塩精製に味噌精製。あとは部屋の角の埃をうまく取れるスキルね」
「何その、生活にちょっと便利なスキル群!」
「塩と味噌は味があまり良くないの。やっぱり日本製が一番よね」
「心配してるのはそこじゃない! つまりセルフィは雑……」
危うく雑魚と言ってしまうところだった。
レベル1の俺が言えたことではないだろうに。
「セルフィ……残念だけど、君はこの城に残った方がいい」
「え……それって……え?」
「旅には同行させられない。とてもじゃないけど、セルフィはこの先の戦いに付いていけると思えない」
「そ、そんな……そんなことって……絶対に認めない!」
セルフィは俺の腕にひしと身を寄せて、部屋には恐々たる空気が張り詰める。
「命だって惜しくないんだから! だから置いてくだなんて言わないで!」
「駄目なものは駄目だ。命は惜しくないと言っても、無駄死にはさせられないよ」
「嫌よ! それだけはネクロの言うことでも聞けないわ! 何を言っても絶対に付いていくんだから!」
悲しみに打ちひしがれる、そんな悲愴な様子ではない。
混乱するセルフィは半狂乱に陥って、本来は危害を加えるはずのない俺の腕に爪まで立てて縋り付く。
「セルフィ! ネクロさんの腕から血が滲んでますよ! 今すぐ離れなさい!」
「嫌だ嫌だ嫌だぁあああ! 魔王を倒すなんて……そんなことは奴らに任せて、ネクロは私とここで一緒にいようよぉおおお!」
恋心極まれば心中を図ってもおかしくない。そしてレベル20のセルフィに俺は太刀打ちできない。
察した仲間たちが駆け寄るが、その前に俺はセルフィの肩を掴むと、ひるんだ眼を真正面から見据えた。
「セルフィはお姫様じゃないか。お姫様は城で王子の帰りを待つ、そういうものでしょ? 俺は必ず帰ってくるから、だからセルフィは城で待ってて」
「本当に? ホントにホントに?」
「本当だよ。だからセルフィは大人しく――」
「キスして」
張った空気の張力が限界まで達する。
極限まで引いた弦のように、嚙合わせる歯音が俺の耳まで届いている。
「今なんて……」
「キスしてくれたらここで待つから」
「それはその……帰って来れたら……」
「駄目、今ここでキスして」
どうする? やはりセルフィを連れて行くか?
いや、もう今さら遅い。既に彼女らの怒りを買ってしまった。連れて行けばこの旅のどこかで、必ず殺されてしまうだろう。
マウストゥマウスはやばい気がする。
セルフィが納得し、かつ彼女らの怒りが命に届く刹那の境目。
俺はセルフィの手を取ると、いつどこかで見たような洋画のワンシーンを真似て、美しくも骨ばった甲に口付けを施した。
「あぁ……さいっこー。お口じゃないのが残念だけど、この中でキスをされた奴っているのかしら」
「駄目だ、それ以上先は言っちゃ……」
「みな押し黙っちゃって……いないのね! 私が初めてなのね! 嬉しい! 今わたしはとても幸せ。こんな幸せでいいのかしら! あっはっはっはっは」
止めの言葉を言ってしまった。一刻も早く国を去らなくては。
あくまでセルフィを納得させ、留まらせる為の嘘だったと、皆に弁明しなくては。
「さ、寝ましょぉ。そろそろ良い時間だわぁ」
「そうじゃな、良い頃合いじゃ」
「つーことでよ、セルフィは船を用意しろ。ネクロが安全に旅できるようにな」
「言われなくたってそのつもりよ。あんた達はしっかりネクロを守って、だけど絶対に手を出すんじゃないのよ」
あ、あれ?
思いのほか穏やかというか……手の甲へのキスならセーフだったのか、若しくは俺の意図を既に読んでくれているのかもしれない。
「セルフィこそ、王子と二又しそうな気がするのですわぁ」
「そんなこと絶対にするもんか! ちゃんと純潔は守るんだから」
「本当に?」
「本当よ」
パンと小気味良い音が響いて、振り返ると手を合わせるハルモニアが、美々しい笑みを湛えていた。
「その誓い。仮に守れたら、私たちもネクロさんに手を出さないと約束しましょう」




