みんなのナイショ
「次はハルモニア、こっちにいいかな?」
「はぁい!」
手を招くと飛んで駆けて来る、仲間の中でも一際異彩を放つ女。
ハルモニアはこの世の者と異なる天使という生まれだ。
この旅はハルモニアを神とする為の、転生の力を得る為の、そしてリムルを蘇らせる為の旅路。
「何が知りたいです? なんでも教えちゃいますよ!」
「……じゃあ早速だけど、ハルモニアが神になる為には魔王であるラグナを倒す必要があると言ったよね? その細かい条件を教えて欲しいんだ」
予想していた質問と異なるからか、ハルモニアは少しの驚きの後に真面目な表情に切り替わる。
「それはつまり、お師匠様の課した条件が知りたいということですね」
「そうだね。何をすればラグナを倒したと認めてくれるのか、その部分を教えてくれないかな」
手をこまねくハルモニアは少しの間を置くと、神妙な面持ちで語りはじめた。
「お師匠様の条件はラグナの殺害です。懐柔は無効と見た方が良いでしょう」
「そっか……ラグナをファッシネイションで無力化しても、倒したことにはならないってことだね」
「残念ですが……それに下手に魅了してしまうと、敵であるより厄介になるように思えます」
「どういうこと?」
「服従ではない以上、自殺を頼み込んでも聞き入れません。どころか独りよがりな愛の力に目覚めれば、より一層強くなってしまうかもしれない危険を孕んでます」
独りよがりか。
相手にとっても俺にとっても、色んな意味で独りよがりかもしれないな。
「今の段階の私たちですらラグナには敵わないというのに、更に磨きが掛かれば、目的達成は非常に困難となってしまいます」
単にライバルを増やしたくないというハルモニアの嘘、ともとれるが、神になることがハルモニアにとってのゴールなのだから、この言葉にきっと嘘はないはず。
「となると、やはりラグナとは真正面から戦うしかないか……ところで失礼だけど、ハルモニアは戦闘が不得意だよね? いったいどの辺りがレベル1000相当なの?」
「能力値を平均化すれば、ということですね。私の場合は魔力特化で、しかし攻撃魔法は持ちません。手刀で人体を貫くことくらいはできますが」
「うん、よく知ってる」
「あ、すみません……」
気恥ずかしそうに頭を掻いてみせるハルモニア。
笑いごとじゃないんだけどな。
「ハルモニアは完全に援護要因として見ていいってことかな」
「……そうとも言い切れません」
「何か奥の手があるの?」
仲間の方に目配せするハルモニアは、囁き声で語り出す。
「悪性再生です。回復を応用した攻撃と思ってください」
「何か聞いたことあるような力だね。植物に水をあげすぎても、かえって枯らしてしまうような、そんなイメージかな?」
「うーん、栄養の過剰注入とは少し違うでしょうか。再生魔法はその者の細胞を増殖して欠損部を補います。けれど欠損していようがいまいが、増殖はできる訳です」
「腕を三本にしたりとか?」
「極端な話、そういうこともできますね。ですが例えばがん細胞を増殖させる。脳細胞を増殖して頭蓋内部を圧迫させる。そういう使い方もできるんです」
「それは……恐ろしいね」
「とはいえ、直接手で触れて流し込む必要がありますから、それなりの近接戦闘技術は必要です」
ハルモニアの奥の手は、傍目には回復を目的にした魔法を攻撃に転用できること。
「ありがとう、ハルモニア。あまり見たくないけど、いざとなったらお願いするよ」
「ネクロさんの窮地なれば躊躇いません」
ハルモニアは微笑むと、小さく手を振り背を向けた。
こうして真白の翼を見る限りは、天使のようにしか見えないな。いや、事実天使ではあるんだけど。
続いて隣のオルルの名を呼ぶと、ランウェイさながらの長い歩幅できびきびと歩いてきた。
「今か今かと待ってましたわ!」
「心配しなくても、みんな順番に呼ぶって……」
「そうですけども、最近出番がないからそろそろ死んでしまうのかと」
「ちょっとやめてよ……」
「こんな奴らと同じ部屋にいられませんわ!」
「それ、定番の死亡フラグだから。そんなことよりオルルのことを」
するとオルルは自慢の足を開脚させて、惜しげもなくパンティを披露する。
「江流布神拳を使えることは前にも話しましたものね。ですが私は元は魔力の高いエルフなんです。当然魔法も使えますわ」
「武術ができて魔法も使える。それがオルルの強みかな」
「そうなんですの。大胆と繊細を併せ持つ、器用な女なんですわよ」
右に左に足を振り上げて武術の型を見せるオルルだが、そんなオルルの肝心な要素を未だ俺は知らない。
「ちなみにさ、オルルのレベルって幾つなの?」
「私のレベルは187ですわ!」
「ちょ……え? 素のカーラより高かったの!?」
俺の驚き顔を見るに、オルルは耳だけでなく鼻も高くする。
「こう見えて百年以上は生きてますから。ですが私の考える強さとは、単にレベルだけではないですの」
「俺みたいな特殊な能力とか、そういう類を持ってるの?」
「それもそうですが、私のは違いますわ。例えば力、力はパンチを打つ力なのですか? 物を持ち上げる力なのですか? 意味が全然違いますわよね? 素早さも同じく、単に直線的に速いのか、小回りが利くのか。力の使い方や体運びは目に見える能力値とは無関係ですわ」
「オルルの言いたいことは、技術の面の強さということか」
「それが最も肝心だと思うのですわ。腕立てだけしてて最強になれまして? 駆けっこの速い者が敵の攻撃を避けることができまして? そういうことですわ」
例え俺が世界王者のボクサーの体だけを得ても、ベルトは獲得できないだろう。もちろんフィジカルも大事だが、強さには技術が伴わなければならないということ。
「急に力だけを得て、最強になるなんてのは夢物語ということだね」
「? 何を仰りたいかさっぱり……」
「こっちの話だよ。ありがとね、オルル」
「構いませんわ。オルルは常にネクロ様に合わせます」
すらっとした足の次は肉付きの良い、妙にやらしい足が前に出る。
「ミストは何か秘密の力を持ってるの?」
「えっちな秘密ならいっぱいあるわよぉ。どれから試してみるぅ?」
「ありがと、じゃあ次のカーラに――」
「いやん、冗談よぉ。でも特に隠してる力はないわぁ。既にご存知の通り、他人の夢に入れてぇ、魔力と精気を奪えてぇ、そして霧になれる。そんなところかしらぁ」
「そっか。じゃあ次のカーラに――」
「もうっ! せっかちねぇ。一応強いてあげるならぁ、魔力と精気を奪うことぉ。魔力はレベルに直結するけどぉ、精気はその場の増強剤っていったところかしらぁ」
「それは一時的にパワーアップできるということ?」
「そういうことねぇ。ネクロちゃんを好いた今、誰かの精気を奪うことはしないけれどぉ、いざとなったら……」
「俺の精気を使えるってことだね。宜しく頼むよ、ミスト」
「ネクロちゃんの精気! おせーしを直飲みさせてぇ!」
「それは駄目でしょ……」
指に舌を這わせるミストは流し目に背を向けて、次は巨躯のカーラがのしのしと歩み寄る。
「待ちわびたぞ、ネクロ殿。この胸がはちきれんばかりにの」
「わざわざ胸元を開いて見せなくてもいいから」
「およよ……興味なくなってしまったかの?」
「目のやり場に困るってこと」
「ほほほ、嬉しいこと言うてくれる」
カーラは腰を折ると、威圧的な体躯をなるだけ小さくして視線を合わせた。
「カーラは第二形態になれるのが特技だよね」
「その通り、前に見せた戦闘形態じゃな」
「あまり使わないところを見るに、頻発できる代物じゃないのかな?」
「燃費が悪うて時間は掛かるし、巨大ゆえに生活しにくい。理由は様々じゃ。更に能力値は上がるとはいえの、小回りは利かぬからスピードは落ちてしまうのじゃ。化物どうしの戦いには向いとるが、人との戦いにはあまり向かんのじゃ」
初めてカーラと会った時、そしてハルトとの戦いでも、カーラが変身しなかったのはそういう訳か。
「それともう一つ、更なる奥の手があるのじゃが、使う機会は訪れんと思う」
「一応、教えておいてくれないかな」
「わらわの今は人型じゃ。そして戦闘形態は半人半蛇。そしてもう一つは……」
「蛇型……」
「そうじゃ。八岐大蛇という型がある。されどその型、強さは比類ないが理性を失う。恐らくネクロ殿の判別すらできん。じゃから使えぬ」
「だけどもしもの時は……」
「言わんでくれ。かようなもしも、想像したくもないわ」
例えどんなに好きだって、理性を失えばどうにもならない。なるべく頼りたくない力ではあるが、魔王を相手にしたならば……
カーラと入れ替わりで、次は小柄なドールが俺の前に訪れる。
慎ましく微笑むと、なんでも聞いてと囁いた。
「ドールは何か、秘密にしている力はあるの?」
「ないよ。ドールはネクロくんに全てをさらけ出してる。今のドールのレベルは300で、これからもっと強くなるんだよ」
「もっと……今が限界じゃないの?」
「限界だと思った時が限界なんだよ。ドールの愛は無限だから限界なんて知らないよ。だからドールは誰にも負けないの」
そしてドールは俺が言うまでもなく、後ろ髪を靡かせ側を離れたのだった。
「ネクロ、最後は私の番ね!」
セルフィ……俺と同じ転生者。
当初のハルモニアは俺を一番の失敗作と呼び、侵略した来たリーヴァを撃退できない以上、セルフィの強さは俺以上ハルト以下が妥当なはずだが、実力や如何に。




