魔王ラグナ
さて、話は逸れてしまったが、ワルキューレ・アナテマが魔王の愛人という事実が判明した。
しかしここで一つの疑問が浮かび上がる。
「ワルキューレ・アナテマはさ、結界を守る魔物たちって言ってなかったっけ?」
「表向きはの。じゃがなんというかラグナは……ああ、魔王の名なのじゃが、女癖が悪いのじゃ。飽いては新しい女を繰り返し、後には結界を守るという、呈のいい役目を与えられて放逐される訳じゃ」
「それだけの魅力がラグナにはあるんだよ。ネクロへの愛に目覚めた今となっては、何が良かったのかなんて思い出せねぇがな」
前の男の話など野暮だから、先は口を噤んだのだろう。
それにしても愛人というからには、それなりの関係がありそうもの。しかし確か彼女らはこれまでに、純潔を謳っていたはずだが……
「皆は処……いや、なんでもない」
危ない危ない。思わず口に出掛けたが、そんなの根掘り葉掘り聞くことじゃないだろって。
しかし俺が何を問いたいか、さも早押しクイズさながらの反射速度で、カーラは組んだ膝をバシンと叩いた。
「ほほほ、何を考えておるかはお見通しよ! 安心するのじゃ、ネクロ殿!」
「あたしらはよぉ、ちゃぁんと純潔は守ってるぜぇ!」
「あ、ふぅん。別にそういうこと聞きたかった訳じゃないけど。あーそう。愛人だったのに?」
こっ恥ずかしくて誤魔化したが……くそ、俺を見てにやにやするんじゃないよ。
「簡単なことよぉ。私たちはラグナの愛人だった。けれど処女は守られてる。それってつまりぃ?」
「え? 魔王ってイン……性不全なの?」
「ちっがぁぁぁう!」
首を横に振りながら、谷間を寄せるミストは胸もぶん回す。
けれど他に思い当たる節などないのだけれど。
「あのじゃな、ネクロ殿。ラグナの性は雌なのじゃ」
「あーそういうことね……って、雌ぅううう!? それって女性が女性に?」
女学園などが真っ先に思い浮かぶ女子の花園、それが百合の世界。
偏見かもしれないが、かといって男子に実態を見ることは叶わないのだ。
妄想だけが膨らむのみで……ごくり、響きだけで淫靡に聞こえてしまう。
「ワルキューレ・アナテマのメンバーに女性しかいない理由は分かったけど、まさか魔王自身も女性だったなんて……」
「ちょっと刺激が強かったかしらぁ。そしてつまり、ワルキューレ・アナテマに定数は存在しないのぉ」
「うかうかしていると、際限なく愛人を作られてしまうということか」
「呪われし乙女たちだなんて、なんかちょっと意味深よねぇ」
ミストいわく、このレミニセン大陸には今のところワルキューレ・アナテマはいないらしい。
けれどそれは魔王ラグナが今の愛人に興味がある内だけ。次なる愛人に心が移れば、再び新たなワルキューレ・アナテマがこの大陸に訪れて来るとも限らない。
「なるべく早く出発しなきゃ。ここから一番近い大陸はどこだろう」
「海を挟んで北にある、レサルカーナ大陸が近いと思うわぁ」
「このレミニセン大陸は主に人々が暮らすんだけどよぉ、レサルカーナ大陸には異種族が多数いるぜぇ。中には人類を嫌う種族もいるからよぉ、ネクロにとっては危険な旅になると思うんだ」
ちらと目配せしてみると、ドールは問題無いよと、そう言いたげに頷いた。
素人目にもドールの強さなら問題無さそうに思えるが、あとは転生者であるセルフィも一応人類に属している。
ハルモニアいわく失敗作らしいが、どれほどの強さを持っているんだろう。
ついでにこの際いい機会だ。皆の真の実力を、はっきりと把握しておいた方が後々の為に良いかもしれない。
「魔王のレベルは10000相当。対して皆の強さを教えて欲しいんだ」
いつもなら我先にと答えるものだが、なにやらしどろもどろと、答えあぐねる仲間たち。
「ネクロ様、それは……」
「どうしても言わなきゃいけませんか?」
オルルもハルモニアも、顔はこちらに向くが目を右に左に忙しない。
そうか、俺にとっては味方でも、彼女らにとってはライバルに囲まれる危険な環境。己の手の内を全て話してしまうのは、命取りになりかねないということだ。
「話すのは一人ずつ、俺にだけ教えてくれればいいよ」
席を立つと、まずはじめに入口から覗くリーヴァの方に歩み寄る。
「小声でいいよ。その体格だと難しいかな?」
「気にしてくれてありがとな。だけど声量の調整はあたしの得意分野だ」
さっそく口元に耳を寄せてみると、リーヴァはすんすんと鼻を鳴らした。
「あぁ~、いい匂いだ。ずっと吸引してぇなぁ」
「……ほら早く」
「悪い悪い……で、あたしのレベルは256。同胞を叩き潰すくらいのパワーはあるが、同じ図体の魔物と比較すると非力だな。特技は魅惑の歌姫。ネクロほどじゃねぇが、歌声で魅了できるんだ」
「男も操れるなら下位互換って訳じゃないよ。他にも何かあったりする?」
「魅惑の歌姫はあたしにも通用してな、自己暗示できるんだよ。ネクロと会った時の状況みたいに、パニくってるとできねぇが、集中さえしてれば身体のリミッターを意図的に外せるんだ」
「なるほど。もしかしてリーヴァが非力な理由って……」
「さすが、私のネクロは察しがいいね。図体がでかいから本気出すと負担が酷ぇ。だから他人に比べると、リミッターの掛け方が強ええんだ。けどさ、ネクロの為ならいつでも身を犠牲にする覚悟はあるよ」
リーヴァの本音は力の隠蔽。事実カーラはリーヴァを非力だと思ってる。
リーヴァにとってそれが虚で、実際は見た目に違わぬ馬鹿力を内包してる。
「ありがと。頼りにしてるよ、リーヴァ」
「うおお……漲るぜ。任せてくれ、なんでもするよ!」
ん? 今なんでもって……という文言。
恋心を妨げないという限定付きだが、以外は本当に何でもしてくれるのだろう。
「それじゃあ次は……ハルモニアに聞くとしよう。聞きたいこともあるしね」
ちらと視線を送ると、満面の笑みを返すハルモニア。
この質疑の回答によっては、旅の難易度が天と地ほどに変動するが、果たして……




