ほのぼの回に似た何か
やはり、ドールの挙動は些か気掛かりなとこがある。
彼女らは絶対的に俺の味方だが、横の繋がりは皆無に等しい。
ドールが何か企てているのだとしたら、注意深く観察しておく必要がありそうだ。
「今度は逆に、ミストに聞きたいことがあるんだけど」
ぴくりと耳を動かすと、前のめりに顔を寄せるミスト。
当然、重力は上から下へ働くのだから、満杯の水風船は重みに任せてぷるぷる……いや、ばるんばるんと跳ね回る。
「ぱぁい! なぁんでも聞いてぇん! ミストのバストは――」
「聞いてないから!」
「いやん、ツッこまれちゃったぁん」
会話も十分いかがわしいが、なにより紐。これだけの巨峰を吊るすものが、頼りなげな紐に過ぎないんだ。
大事なとこだけ絶妙に隠して、あとは柔肌が露出する。網に包まれるスイカやメロンの方がよほど清楚だ。
カーラにしろリーヴァにしろ、ワルキューレ・アナテマの選別には魔王の趣味が伺える。
「あのさ、そうじゃなくってね? 他のワルキューレ・アナテマの居場所を知ってたら教えて欲しいの!」
「先走っちゃったぁ……先走り……カウ」
「いいから!」
舌先をちろりと出して、テヘペロとでも言いたいのか。
そろそろ癇に障るが、こめかみに指を立てると、念じるように目を瞑りはじめるミスト。
思い出す仕種にも見えるが、何やら念を発してるようにも見える。
仮に探知能力的なものを持っていれば非常に助かるのだが……
「うん! 分かんなぁい!」
「今の仕種に何の意味が!?」
「考えてる風にした方が知的かなぁってぇ」
「その発言で台無しだよ!」
頭をこつんと小突くところまではあざといが、ようやく姿勢を正したミストは真面目な面持ちに切り替わった。
「分からないのはホントだけどぉ、分かることだってあるのよぉ?」
「もったいぶりおって、早く言わんか、露出デブ」
「カーラったらひどぉい! デブじゃないしぃぃぃ」
「…………」
「……ごほん。分かるというのはぁ、今この大陸、レミニセン大陸にはワルキューレ・アナテマはもういないってことぉ」
ミストの言うことが本当ならば、大陸を出なくては駄目ということになるが……
「おいデブ、なんでレミニセン大陸にはいねぇって分かるんだよ」
「リーヴァまで……もういっかぁ。私って夢魔でしょぉ? 男から精気や魔力を頂くんだけどぉ、人ひとりの力なんてぇ、たかが知れてるのぉ。だからねぇ……」
「もういい、分かったっつーの。つまり男を漁り大陸を巡りがてら、その目で存在を確認したってことだろ? 喋るの遅ぇんだよ」
「もぉぉう! ぷんぷぅん!」
頬をぱんぱんに膨らませる仕種にあどけない怒りを感じるが、ちらちらと俺に視線を送るところを見るに、恐らく絶対パフォーマンスだ。
「あのさ、カーラにリーヴァ。ワルキューレ・アナテマについて今さらなことを聞いていいかな?」
「無論じゃ」
「どんとこい!」
「あれれぇ? ミストの名前が入ってないのおかしくない?」
「魔王ってさ、身内のことを教えてくれないの?」
途端に無言になると、見合わせる三匹の魔物。
何やら不穏な雰囲気に思えたが、彼女ら顔に次第に赤みが差してくる。
「ネクロ殿を裏切る訳じゃないんだがの……」
「なんつーか、言い辛れーっつうか……」
「そっか、言いたくないなら――」
「愛人よぉぉぉ」
ミストの発言にばっと首を向けるカーラとリーヴァ。
「これまでずっともったいぶっておるからに、何故こういうことはポロっとあっさり言ってしまうのじゃぁぁぁ」
「ネクロが失望したらよぉ……どーしてくれんだテメェ!」
「え…………あっ! 今の無し!」
怒るリーヴァに頭を抱えるカーラ。ミストはあたふたと騒ぎはじめる。
「別に気にしないよ。過去のことなんて。俺が言えた柄じゃないしね……」
「ネクロちゃん……あの夢は……」
ふと漏れ出た言葉だったが、そういえばミストは俺の過去を、学生時代の悪夢を見たんだったな。
「同情しないでくれ……」
「なんだか変わった建物や服装だったわねぇ」
「そっちかよ!」
俺の激しいツッコミに、ミストは慎ましく笑みを浮かべ、なんだかんだ言っても、やはり彼女は人生経験豊富なお姉さんなんだなと改めた。
「ほほほ、ミストは間抜けな奴じゃ!」
「あっはっは! ミストのミスはミステイクのミスかよ!」
「……全然面白くない」
「滑りましたね」
「滑リーヴァ」
「おもろいですわ!」
「ぐぬぬ……笑うなよ! あっ! ネクロも笑ったな!?」
廊下から覗くリーヴァがむくれると、頬に押されて扉が外れた。
それがまた面白くて、涙が出るほど笑い転げた。
学生の頃には味わえなかった、わちゃわちゃとした下らない身内のネタ。
ミストだけじゃない、みんな俺を気遣うお姉さんだ。
俺はそんな優しい姉さんたちを、これからは利用していかねばならず、笑い涙に紛れて悲しみをこっそり混ぜた。




