表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/65

寝室にご招待

 夜天の星々が冷たい燐光を纏うこの時間。

 底抜けした城内では避難に修繕、慌ただしく人が行き交う。

 非常事態には当然、王も出向いたが、王子の無事を見るなり、初めて険の取れた笑みを浮かばせた。


「改めまして礼を言います、ネクロ殿。お陰で命を救われました」

「い、いえ……その……どうも」


 差し出した右手を両手でがっしりと握るイェネオス王子。

 痩身長躯のモデル体型だが、掌から伝わる力強さは逞しく、なぜだか男の俺が照れるほどに、非の付けようのないイケメンだ。

 そんな俺の反応を見るなり、まさかといった顔で口を押さえる女たち、おいやめろ。


「この状況では碌なもてなしもできませんが、せめて今夜は城でごゆるりと」


 清爽な微笑みを浮かべる王子だが、それはリーヴァの一件を目の当たりにしていないからだ。

 後ろに並ぶ重臣の面々は、笑みに似た固い表情を張り付ける。


「じゃあ、今夜だけお言葉に甘えて……」


 針の(むしろ)をそそくさと立ち去ると、息巻くセルフィの先導で客室へと案内される。

 諸問題も解決したことだし、改めて落ち着いて城内を見渡すと、髄所に使われる滑らかな石材はマーブルだろうか。

 ところどころに細かい装飾が施されるし、上階へと上る階段も、手摺りの端には丸い基底が備わり、上には生け花や彫刻が飾られる。

 無機質な兵の詰め所と同じ建物とは思えない。俺のイメージ通りの中世のお城で、ただ一つ違うのは、照明だけは魔法を使っていて、燭台には蠟の代わりに水晶のような石が煌めく。

 足を止めたセルフィが満面の笑みで促す扉。

 獅子の形をした取っ手を捻ると、中は絢爛豪華な客室で、金の寝台に同じく金のシャンデリア、壁画の色使いを除けばやたらと金色の目立つ、目に五月蠅い色彩だった。


「あたしぁ何処で寝ればいいんだぁあああ!」


 寝床に嘆くリーヴァはどうしても俺と寝たいようだが、それは無理だ。

 かといって外に出したところで、窓際で一晩中俺を凝らして見るのだろう。

 器用に羽を畳むリーヴァは廊下に寝そべり、開けた扉から視線を送る。


「皆の寝床も用意してくれたからさ、今日は大人しく寝るんだよ?」

「えー」

「寂しいのぉ」


 皆が口々に愚痴を漏らす中、ドールだけは大人しく首を縦に振る。

 素直な様で好感を得たいのか。けれど感情のない人形のようにも思える。

 死人に憧れを抱くから? 分からない。ドールの心情が全く読めない。


「にしても、セルフィ? 当たり前のように部屋に入って来てるけど、君はここにいちゃいけないよね?」

「何故?」

「何故って……セルフィはイェネオス王子の姫だから」

「んなもん婚姻破棄するから問題ないわ」

「ちょっと……それはさすがに性急過ぎない?」


 セルフィは大きく息を吐き出すと、ひらひらと掌を煽ぎ出す。


「そもそもイェネオスは一度、私を婚約破棄しかけたクズ男だもの。なんの未練もないし。つーか婚約破棄って何よ? 国の縁談は商談であり政略よ? 大事なビジネスを王子の一存で破棄するとか、完全に頭がおかしいとしか思えないわ」

「そ、そういうものなの? ハルモニア?」

「セルフィの意見を肯定するのは癪ですが、そればかりは同意です。婚約破棄がまかり通る国なんて、王も臣下も携わる人々も、全て頭のイカれた連中に違いないです。第一不倫は当たり前ですから、結婚した後に恋を楽しめばいいだけの話なんです」


 確かに中世の文化は、現代に比べて淫らだと聞いたこともあるけど、剣と魔法の世界でも、その点ばかりは変わりないのか。


「でも君たちなら、政略を捨ててでも恋心を優先するよね?」

「もちろんですぅ!」

「だってネクロは特別だから!」


 呆れた。

 だったら王子の肩を少しでも持ってあげなよ。


「そんなどーでもいい女の話じゃなくってぇ、これからネクロちゃんはどーするのぉ?」


 俺との絡みをぶった切られて。研いだ刃のような視線を刺すセルフィだが、霧のミストはまるで意に介さずの面持ちだ。


「むしろこちらが聞きたいよ。俺はワルキューレ・アナテマを探してるんだから」

呪われし乙女(わたし)たちを?」

「そっか。ミストにセルフィは知らないもんね。俺の目的は——」


 改めて事の成り行きを皆の前で説明する。

 俺が転生者であること。ハルモニアが神になることを望み、その為に生まれた存在であること。そして魔王を倒し、転生の力を獲得すれば、死んだ仲間たちを生き返らせることができるということ。

 一通りを話し終えると、非難の視線がハルモニアに集中し、翼を縮めると申し訳なさそうに肩を狭めた。


「まさかこのクソ天使の私利私欲の為とはね」

「まあまあ、転生の力を望むのは俺も一緒だから……」

「ネクロだって、死んだ人間なんてほっとくべきよ~」

「そぉそぉ、私がいるんだからぁ。ネクロちゃんったら欲張り……ね」


 俺の向けた視線に、すっと血の気の引くセルフィとミスト。

 どれほど冷たい目線を向けてしまったのだろう。

 自分でも分からないほど、心が深々(しんしん)と冷え込んでいく。


「た、たたた、大切よね!」

「そうそう! とっても優しくて立派だと思うわぁ!」


 冷や汗混じりに首を縦に振り続ける二人。

 嫌われまいと必死に……

 そんな健気な二人の心境に立ってみて、俺だってリムルに冷たい視線を浴びせられたらと思うと――


「ごめんね。でも、そのことだけは(つつ)かないでいてくれないかな?」

「うんうんうん! もう言わないわ! 絶対!」

「私が悪いのぉ、ごめんなさい……ほんとにほんとにほんとに……」


 仕方ないなといった微笑みをちらと見せると、二人はぱあっと明るい表情を浮かばせた。

 それを見る皆の視線は相変わらず白けているが、ドールだけは真っすぐに、俺だけを見つめていた。

※ここまでご覧頂き有難うございます。

応援・ご評価頂けると励みになります!

ではでは、よいゴールデンウィークを!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ