寝室にご招待
夜天の星々が冷たい燐光を纏うこの時間。
底抜けした城内では避難に修繕、慌ただしく人が行き交う。
非常事態には当然、王も出向いたが、王子の無事を見るなり、初めて険の取れた笑みを浮かばせた。
「改めまして礼を言います、ネクロ殿。お陰で命を救われました」
「い、いえ……その……どうも」
差し出した右手を両手でがっしりと握るイェネオス王子。
痩身長躯のモデル体型だが、掌から伝わる力強さは逞しく、なぜだか男の俺が照れるほどに、非の付けようのないイケメンだ。
そんな俺の反応を見るなり、まさかといった顔で口を押さえる女たち、おいやめろ。
「この状況では碌なもてなしもできませんが、せめて今夜は城でごゆるりと」
清爽な微笑みを浮かべる王子だが、それはリーヴァの一件を目の当たりにしていないからだ。
後ろに並ぶ重臣の面々は、笑みに似た固い表情を張り付ける。
「じゃあ、今夜だけお言葉に甘えて……」
針の筵をそそくさと立ち去ると、息巻くセルフィの先導で客室へと案内される。
諸問題も解決したことだし、改めて落ち着いて城内を見渡すと、髄所に使われる滑らかな石材はマーブルだろうか。
ところどころに細かい装飾が施されるし、上階へと上る階段も、手摺りの端には丸い基底が備わり、上には生け花や彫刻が飾られる。
無機質な兵の詰め所と同じ建物とは思えない。俺のイメージ通りの中世のお城で、ただ一つ違うのは、照明だけは魔法を使っていて、燭台には蠟の代わりに水晶のような石が煌めく。
足を止めたセルフィが満面の笑みで促す扉。
獅子の形をした取っ手を捻ると、中は絢爛豪華な客室で、金の寝台に同じく金のシャンデリア、壁画の色使いを除けばやたらと金色の目立つ、目に五月蠅い色彩だった。
「あたしぁ何処で寝ればいいんだぁあああ!」
寝床に嘆くリーヴァはどうしても俺と寝たいようだが、それは無理だ。
かといって外に出したところで、窓際で一晩中俺を凝らして見るのだろう。
器用に羽を畳むリーヴァは廊下に寝そべり、開けた扉から視線を送る。
「皆の寝床も用意してくれたからさ、今日は大人しく寝るんだよ?」
「えー」
「寂しいのぉ」
皆が口々に愚痴を漏らす中、ドールだけは大人しく首を縦に振る。
素直な様で好感を得たいのか。けれど感情のない人形のようにも思える。
死人に憧れを抱くから? 分からない。ドールの心情が全く読めない。
「にしても、セルフィ? 当たり前のように部屋に入って来てるけど、君はここにいちゃいけないよね?」
「何故?」
「何故って……セルフィはイェネオス王子の姫だから」
「んなもん婚姻破棄するから問題ないわ」
「ちょっと……それはさすがに性急過ぎない?」
セルフィは大きく息を吐き出すと、ひらひらと掌を煽ぎ出す。
「そもそもイェネオスは一度、私を婚約破棄しかけたクズ男だもの。なんの未練もないし。つーか婚約破棄って何よ? 国の縁談は商談であり政略よ? 大事なビジネスを王子の一存で破棄するとか、完全に頭がおかしいとしか思えないわ」
「そ、そういうものなの? ハルモニア?」
「セルフィの意見を肯定するのは癪ですが、そればかりは同意です。婚約破棄がまかり通る国なんて、王も臣下も携わる人々も、全て頭のイカれた連中に違いないです。第一不倫は当たり前ですから、結婚した後に恋を楽しめばいいだけの話なんです」
確かに中世の文化は、現代に比べて淫らだと聞いたこともあるけど、剣と魔法の世界でも、その点ばかりは変わりないのか。
「でも君たちなら、政略を捨ててでも恋心を優先するよね?」
「もちろんですぅ!」
「だってネクロは特別だから!」
呆れた。
だったら王子の肩を少しでも持ってあげなよ。
「そんなどーでもいい女の話じゃなくってぇ、これからネクロちゃんはどーするのぉ?」
俺との絡みをぶった切られて。研いだ刃のような視線を刺すセルフィだが、霧のミストはまるで意に介さずの面持ちだ。
「むしろこちらが聞きたいよ。俺はワルキューレ・アナテマを探してるんだから」
「呪われし乙女たちを?」
「そっか。ミストにセルフィは知らないもんね。俺の目的は——」
改めて事の成り行きを皆の前で説明する。
俺が転生者であること。ハルモニアが神になることを望み、その為に生まれた存在であること。そして魔王を倒し、転生の力を獲得すれば、死んだ仲間たちを生き返らせることができるということ。
一通りを話し終えると、非難の視線がハルモニアに集中し、翼を縮めると申し訳なさそうに肩を狭めた。
「まさかこのクソ天使の私利私欲の為とはね」
「まあまあ、転生の力を望むのは俺も一緒だから……」
「ネクロだって、死んだ人間なんてほっとくべきよ~」
「そぉそぉ、私がいるんだからぁ。ネクロちゃんったら欲張り……ね」
俺の向けた視線に、すっと血の気の引くセルフィとミスト。
どれほど冷たい目線を向けてしまったのだろう。
自分でも分からないほど、心が深々と冷え込んでいく。
「た、たたた、大切よね!」
「そうそう! とっても優しくて立派だと思うわぁ!」
冷や汗混じりに首を縦に振り続ける二人。
嫌われまいと必死に……
そんな健気な二人の心境に立ってみて、俺だってリムルに冷たい視線を浴びせられたらと思うと――
「ごめんね。でも、そのことだけは突かないでいてくれないかな?」
「うんうんうん! もう言わないわ! 絶対!」
「私が悪いのぉ、ごめんなさい……ほんとにほんとにほんとに……」
仕方ないなといった微笑みをちらと見せると、二人はぱあっと明るい表情を浮かばせた。
それを見る皆の視線は相変わらず白けているが、ドールだけは真っすぐに、俺だけを見つめていた。
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