幻想騎士
「リムル……本当に君はリムルなの?」
「もちろんだよ。ネクロの想うリムルに違いないさ」
あの日あの時を後悔し、もう一度会いたいと希ったリムルが今、目の前にいる。
熱いものが込み上げるが、涙を拭えど消えはしない。
「俺はずっと君に……謝りたくて……好きだって伝えたくて……」
「せっかく会えたというのに、そんな悲しい顔をしないでおくれよ。幸せなのなら笑うといい。そうすれば私は勇気を貰えるのだから!」
リムルの構える切っ先がミストの眉間を貫く。
しかしミストの体は霧のように分散し、すり抜けるように背後に回ると、再びその身を実体化させた。
「この私の麗しきバディをよくもぉぉぉ……」
「先に仕掛けておいて片腹痛い。愛しきネクロによくもとお返しするぞ」
ミストに鋭い睨みを利かすリムルは両手に柄を掲げると、身を斜に分かつように剣を構える。
強者の風格だが、俺の知るリムルのレベルは69で、ワルキューレ・アナテマを相手取るには心許ない。
「レベル200超えの私に楯突くなんてぇ、後悔したいのかしらぁ?」
「ならば指を咥えて見ていろと? そんなもの、悔やんでも悔やみきれんよ!」
力強く踏み込むと、手首を返したリムルはミストの左肩から右の骨盤へ、袈裟懸けに剣を振り下ろす。
しかしミストは再び霧状に、間合いを離して実体に戻る。
「そこにいるのは……ネクロちゃんだっけ? 一度は腑抜けたあの子に、立ち向かう精神力が残されているなんてねぇ。ちょっぉと驚きだけどぉ、幻想を掻き消して、すぐにまたどーでもよくさせてあげるぅ」
「……想いは消えんよ、絶対に」
リムルはいったん構えを解くと、身を縦に背筋をピンと伸ばし、切っ先に引かれるような体移動で強烈な突きを繰り出した。
起こりの少ない刺突の動きは、素早さ以上の迅さをリムルに与え、剣はミストの胸を貫いたかのように見えたのだが……
「おっぱい白刃取り~」
霧状化するでもなく両脇を締めるミスト。
なんとあろうことか、胸の谷間の挟圧でリムルの刺突を止めてみせたのだ。
「あはん。女に突かれるのは趣味じゃないのよぉ」
「下世話な奴だな」
「あらぁ? もしかしてぇ、アレな話は苦手かしらぁ? 初心な仔猫ちゃんねぇ」
「ならばお前は経験豊富だとでも言いたいのか?」
「そりゃあ数千数万の男を相手に、命と引き換えに夢心地を与えて――」
「その数千数万は、夢の話というオチじゃないだろうな?」
饒舌だったミストの口が、リムルの一言でぴたり止まる。
「それは……その……」
「まさかとは思うが、処女なのか? 妄想に耽っていた私と変わりないんじゃないか? おやおや、これは存外、似た者同士で――」
「妄想と一緒にするなぁあああ!」
淫乱であることがサキュバスのプライドなのかは知れないが、ミストは激情のままに拳を振り上げると――
「間抜けめ」
ずぶりと胸から背へ、挟圧から解放された切っ先はミストの谷間を貫いた。
「うぎゃあ!」
身を悶え、さも苦しそうな顔を浮かべるミストは膝を落とす。
だがミストは霧に変化できるはず。
物理攻撃でダメージを受けることはないはずでは……
「いやはや、精気を吸うだけで力を得ただけのことはあるな。修行が足らんよ。まるで身のこなしがなってない」
「うるさいわねぇぇぇ……人間ごときに何が分かる。この世は目に見えるレベルが全てなのよぉ。レベルが高くなければ私は……夢魔たちは……」
「たかが下位魔物」
「黙りなさぁぁぁい!」
空いた胸の穴から噴き出すように、強大な邪気がミストの体を取り巻いていく。
風圧に煽られて、俺とリムルは地面にへばりついた。
「リムル! 大丈夫!?」
「心配してくれて嬉しいよ。だが私は問題無い。問題があるとすれば、それはネクロの方かもしれないね」
「ごめんね……俺は弱いもんね」
「ううん、そうじゃない。私がネクロを想えば勇気が出るように。分かるだろ?」
「わ、分からないよ。リムルが何を言いたいかなんて俺には……」
……ほんとにそうか?
俺の問い掛けに続くリムルの言葉は――ここは一体どこなんだ?
「ネクロは分かってるはずだよ。ここは一体どこなんだ?」
「ここは……俺の精神世界」
「そうだね。現実ではないのだからファッシネイションは使えない。けれど現実ではないのだから――な?」
「俺が想えば……リムルはもっと強くなれるの?」
するとリムルは邪気にも負けずに立ち上がり、両手を広げて笑ってみせた。
「当然だよ。ここはネクロの世界なんだから!」
目を瞑った俺は強く念じる。
俺の考える、俺の理想のリムルを強く想い描く。
そうして再び目を開けば、金色の気を湛える、最強のリムルが立っていた。
「人の心に憑りつく悪しき魔物よ。私たちが成敗してやる!」
「幻想の癖に嘗め腐りやがってぇぇぇ……柔な心ごとへし折ってやるわ!」
ここは俺と……そしてミストの精神世界。
ならば互いに思うがまま、なんでもありの戦いか――いや、違う。
夢の中ならつねっても痛くない。けれど夢の中でも罵倒されれば心は傷付く。
夢でダメージを与える方法は、精神への攻撃なんだ。
「心の勝負だったらレベルも何も関係ない! リムル、勝機はあるよ!」
「はっ、あんた馬鹿ぁぁぁ? 本当に心が関係しないとでも思ってるのぉ?」
蔑むような視線を遮るように、リムルが俺を庇って前に出る。
「貴様、何が言いたい」
「教えて欲しいぃ? んっとねぇ……やっぱり言わなぁい!」
「まさか……レベルと共に精神の力も向上するって言いたいんじゃ……」
「ネクロ!」
不安に煽られたところをリムルに呼び掛けられ、ふと見上げてみると。
「私を信じて」
俺の心が描いた俺のリムルが微笑んだ。
今はその力を信じるしかないんだ。




