ポロリもあるよ
観察をはじめてどれほどの時間が経っただろうか。
立ち疲れた俺に代わり、隙間を覗くドールが後ろ手で肩を叩いた。
物音立てずに立ち上がると、ドールの頭の上からベッドに寝るイェネオス王子を覗き見る。
それらしき者は見えない。
しかしドールが指差す先は、イェネオス王子より少し上。
そこには温度差で歪む景色のように、ベッドの後ろ側の壁が歪んで見える。
疲れ目を疑うような些細な現象だが、ドールにも見えているのなら幻覚ではないだろう。
残る集中力で食い入るように壁を見つめる。
「あららぁ? この匂いはぁぁぁ……」
歪んだ壁から透けるように、恥部を黒の下着? テープ? 紐といっても過言ではない、きわどい衣装を身に巻いた一人の女性が現れた。
湾曲し前に垂れる双角を生やす小悪魔的なその女は、波打つ黒の長髪を掻き上げて腰を折ると、しげしげとマグの中身に目を落とす。
「なにこれぇ! なんでおせーしが注いであるのよぉ! うけるんだけどwww」
ごもっとも。
置いた俺が最も分かってるから言わんといて――
「その聖水はドールのものだぁあああ!」
それはあまりに突然だった。
ワードローブの戸を蹴り破るドールは、現れた女に全速力で突撃する。
「ふえ!? なになにぃ!? 寝起きドッキリィ!?」
ドールの叫びに呼応して、部屋には我ら最凶の軍団も乗り込んだ。
「私のですからぁあああ!」
「いいえ! 私が飲むんですわぁあああ!」
「寄越すのじゃぁあああ!」
「コラァアアア!」
「その顔はカーラにリーヴァ!? なんでこんなところに……意味不明なんだけどぉ!」
すぐにその場を離れればいいものを、何故かマグを手に持ち逃げ出す女。
紐状の頼りなげな衣装で吊るす胸が、ゆさゆさと大迫力で上下する。
今にも零れ落ちそうな女の肉付きは、決してデブではなくメリハリがあり、なんというか……その……妙にエロい。
「逃がすかぁあああ! おせーしを寄越しなさぁああい!」
「こ、これが欲しいのぉ? 別に全然……あげるわよぉ!」
女がマグを床に放ると、仲間たちは砂糖に群がる蟻のように一斉に飛び付いた。
あわや襲われる手前の窮地を脱し、へなへなと腰を落とす女。
その不安に揺れる黒の瞳が、偶然に俺の視線と重なった。
「お、男!? なんでそんなところに隠れて……でもこれは、案外チャンスなんじゃなぁい?」
にたりと笑みを零し、立ち上がる女は俺の方へと駆けてきた。
仲間たちは依然として、俺の子孫に群がり争っている。
このままでは女と一対一。力ずくでは勝ち目はないが、しかし俺には最強のスキルが付いている。
「喰らえ! ファッシネイ――」
能力を発動するその刹那、上下の弾みに耐え切れず、肩からずり落ちた衣装から、たわわな胸が零れ落ちた。
「いやぁん」
「ぶはっ!」
これは……予想だにしていない反撃が……
能力が女に届く一歩手前。
盛大に鼻血を撒き散らす俺は易々とブラックアウトした。




