きっついお仕置きをご所望
大広間を出て城の中庭。
ハルモニアの手を放るセルフィは凄まじい形相で喰いかかる。
「ハルモニアァアアア!」
「そんなでかい声出さなくても聞こえてますよ」
「すましやがってムカつくんだよ! あんたのせいでどれほど苦労したことか」
「雑魚に生まれた責任を――」
「そっちの話じゃねぇわ!」
荒ぶるセルフィは恐ろしいに違いないが、その様を冷たく見据える仲間の女性陣もそれはそれで末恐ろしい。
「まったく、怒ってばかりでみっともないです」
「みっともない生まれにしたのはハルモニアだろうが! この私を悪役令嬢なんかにしやがって……」
「あ、悪役令嬢?」
とっさに口を挟んでしまったが、悪役って一体どういうことだ?
「嫌な女ってことよ! おかげで転生した時から白い目で見られて……」
「ちょちょちょ……どういうこと? 俺はポッと出で異世界に訪れたけど」
「当時は失敗続きで趣向を変えてみたんです。家柄というものを意識して転生してみたんですね。結局雑魚だったんで放置プレイにしましたが」
まるで他人事なハルモニアの態度に、セルフィの歯はぎりぎりと噛み合わさる。
「イェネオス王子からは婚約破棄されかけて、死に物狂いで返り咲き、相手の女はどこか遠くに飛ばしてやった。ようやく華やかな生活を送れると思いきや、次はセイレーンの脅威に見舞われ、更に射止めた王子が病に伏した。もう……最悪よ!」
「ふぅん……最悪……ですか」
ハルモニアは右手に貫き手を作ると、セルフィの慎ましい胸に押し当てる。
これって、もしかして……
「え? あんた何を……」
「え? 最悪なんでしょう? だったら死ねばいいじゃないですか」
「なんでそうなるのよ! それとも次は、もっとマシな生まれにしてくれる訳?」
「……そうしましょう」
あれ? でも天使のハルモニアは、独断で転生の力は使えないはずじゃ。
「ではお選びください。痛みに苦しむ奴隷か、血税を搾られ続ける農民かを」
「な、なんでよ! なんで今より悪くなるのよ!」
「今より? 今が最悪だったのではないですか?」
「現状の中ではよ! いくらなんでもこれより下なんてごめんよ!」
ハルモニアはやれやれといった調子で、大きく溜め息を吐き出した。
「これより下って……貴族に生まれた時点で最上に近い待遇だというのに。チートがないなんて辛い。貴族でも悪役に生まれるなんて酷い。転生者は傲慢で強欲な者ばかりですね。今後は身の程を教える為に最下層も最下層、非道な人体実験や性奴隷……いえ、それ以下の最低最悪の人生でワンクッション挟んだ後に、能力を与えることにしましょうかね」
これもまた意図せず俺の胸に刺さり、セルフィは悔しそうにわなわなと拳を震わせる。
ハルモニアの質疑は単に説教か憂さ晴らしか、転生するというのはセルフィを黙らせる為のブラフだったようだ。
「セルフィさん。とにかくイェネオス王子の容態を見せて貰わないと。ハルモニアは回復魔法を使えるけど、王子の病に通用するかどうか……」
「んなこたぁ分かってんだよ! 貴族の私に指図する……な……」
分かる、分かるよ。
振り返らなくたって分かるさ。
仲間たちが今、どのような顔をしてるかなんて。
「なんてこと、全然指図してくれて良いのですよ……おほほほほ……」
セルフィの案内の下、王子の部屋へと向かう。
さすがに相当数の護衛も付いてきたが、彼らは兵士でハルモニアの言いなりだ。
セルフィは守られているようで丸裸であり、ハルモニアが指揮棒を一振りすれば、瞬く間に肉塊にされるに違いない。
「この部屋です」
兵がいる手前、淑やかさを演じるセルフィ。
俺は建前に応じてやるも、皆は含み笑いを堪え切れず、セルフィはじっとりと睨みを利かした。
でかすぎるリーヴァだけは部屋の外から覗くことにさせ、残りはセルフィに続いて部屋に入る。
中は白と金を基調とした煌びやかさがありながら、貝や草葉の繊細な紋様を表す、ロココ調の優美な装飾が目立った。
壁際にある天蓋付きのベッドにはイェネオス王子が横になる。
病に伏した寝顔は苦しそうだが、プラチナブロンドの眉目秀麗。
はっきり言って、男の俺から見ても惚れてしまうほどにイケメンだ。
「どうです? くっそイケメンでしょう?」
「いや、ネクロさんの方が断然かっこいい」
「こいつより無限倍かわいいよね」
「見てるだけで濡れてしまうのじゃ」
「性格も神様仏様ネクロ様って感じですわ」
「結論、王子に魅力は全くねぇ」
セルフィは目を擦ると、俺とイェネオス王子の顔を何度も見比べた。
大丈夫、安心して。君の目に狂いはないよ。
「ま、まあとにかく……イェネオス王子の容態を見てください」
「……」
「ハルモニア、見てあげなよ」
「かしこまりましたぁあああ!」
意気揚々とイェネオス王子の枕元に立つと、広く賢そうな額に手を置いた。
「……ソルセラがほとんど空ですね。クインタ・エッセンチアを感じ取れない」
「ソルセラが魔法細胞で、クインタ・エッセンチアが魔素だよね?」
俺の発言にすかさず背後から、ぱちぱちと拍手が鳴った。
「仰る通りです。衰弱して減るのは自然なのですが、病原菌がソルセラに侵入すると熱を持ちます。しかし彼には熱がない。これは病でなく、クインタ・エッセンチアだけを抜かれている。そんな印象を感じます」
症状は分かったが、結局なにが原因なのかは分からない。
ハルモニアも皆も頭を悩ませるが、扉の外から見るリーヴァだけが何か言いたげにもじもじしている。
「あのさ……自信はねぇが、そういう症状に心当たりがあるんだけど」
「皆お手上げなんだ。気付いたことでもいいから言ってみなよ」
「……それ、夢魔の症状に似てる気がするぜ」
「夢魔って……サキュバスとかそういうの?」
再びの拍手喝采が巻き起こる。
そろそろいい加減恥ずかしい。
「ネクロはさすがだぜ。当たったで賞で極乳揉み放題を――」
「続きを話して!」
「ご、ごめんって! それで夢魔っつうのは下級の魔物なんだが、一人だけ極めて力の強い奴を知ってる」
「もしやミストのことかの?」
口を挟んだのは一歩前に出たカーラだった。
「ミスト?」
「カーラ! あたしがネクロに説明してんだから邪魔するなよ! でな、ミストはあたしたちと同じワルキューレ・アナテマなんだ」
「なんだって!」
「憶測だから、これがミストの仕業かは分からねぇけど、ネクロが魔王を倒すっつうんなら、こういう患者はしらみ潰しに探すしかないと思うんだ」
結界を守るとされるワルキューレ・アナテマ。
最終目標に至る為には、確実に攻略しなければならない相手だ。
「よし、じゃあこれから夢魔が来るのを待ち伏せて、それがミストであれば――」
「それがなんだけど……ミストの姿をあたしは見たことがねぇ。どういう風に他人の夢に入るのか、夢魔の生態もよく知らねぇ」
申し訳なさそうに項垂れるリーヴァ。
姿かたちが分からず、侵入経路も分からないとなると厄介だ。
堂々と現れてくれれば正体を知らずとも何とかなるが、小さかったり意志を飛ばすだけ済むなら捜索は困難。
一縷の望みに懸けてカーラの方に目を移す。
「すまぬ……わらわにもよう分からんのじゃ」
この世の終わりを見るかのように瞳を落とすカーラ。
どうやら相当に期待のこもった視線を向けてしまっていたらしい。
「いいんだよカーラ、気にしないで」
「いいや! 役に立てなくて申し訳なさすぎるわ! 罰として、わらわのおっぱいをしこたま揉みしだいてくれぬか?」
「罰の意味理解してる?」
「あたしもだ! 無知の罰として、あたしの穴に体ごと突っ込んでくれ!」
「なにそれ、俺が罰を受けるの?」
「私も治せなかった罰としてお尻ぺんぺんしてください!」
「罰するほどじゃないと思うけど……」
「何もしてないけど罰して欲しいですわ!」
「だったら何もしないから」
「ナニをドールに入れて!」
「罰はどこにいったの?」
ツッコミどころが満載過ぎるっつーの。
そんな俺を労う為か、はたまたツッコミを褒めたいが為か、皆は三度目の拍手をぱちぱちと鳴らした。




