イッツ・ア・らぶらぶワールド
「では冒険に出発しましょー!」
ハルモニアは俺の手を引き次元の狭間へと飛び込んだ。
それが天界と異世界を繋ぐゲートであり、本来は俺一人で通るべき道だった。
「同伴してくれるのは助かるけど、お師匠様には怒られないの?」
「天使は直接手を出すな、だなんて一言も言われてないですぅ。仮に駄目だとしても、それはそれでイケないことしてるみたいで、ドキドキしちゃいますね」
「ドキドキどころか、こっちは冷や冷やもんだよ……」
恋する乙女は強いというか図太いというか。
とにもかくにも、最弱な俺は誰かに頼って生きていくしか方法はない。俺の場合それが女性で、つまりはヒモ男に当たる訳。
男のプライドとして癪だけど、命が懸かっているのだ。背に腹は代えられない。
ゲートを抜け出た先は草原で、見渡す限りには大地が続く。
果たして異世界という感じはしないが、ふと見上げる空には太陽に近い恒星と、月に似た大きな星が浮かんでいた。
「凄い……まるで今にも地上に落ちてきそうだ」
「確かにぃ、きゃあ怖いっ!」
あざとく腕にしがみつくハルモニア。
深き谷間は俺の二の腕を覆い隠すように、易々と挟み込む。
「ちょっと……あのあの……」
「えいっえいっ!」
しきりに胸を押し当てられて、もちろん嫌な訳じゃないけれど、頭が火照ってくらくらしてきた。
「そそそ、それより! この世界ってどういう世界なの!?」
「えへっ、よく分かんなぁい」
「ふざけてる場合じゃなくって……」
「あー! ネクロさんのいじわるぅ! ほんとに私は知らないんですよ」
ちょ……え?
転生した天使が転生先のことを知らないなんて、そんな馬鹿な話あるか?
「嘘だよね?」
「だから本当ですってぇ。お師匠様に認めてもらうのが本命で、異世界の平和なんて二の次でしたからぁ。適当に転生者を送っていただけで、この世界のことはあまり詳しくないんですぅ」
私欲にどっぷり浸かりやがって、どの面下げて天使だと言っているのか。
しかし一つ気掛かりなことがある。それは今も、そして魅了する前にもチラッと言っていたこと。
「この世界って、俺の他にも転生者がいるんだね」
「でもみんな失敗作ですよぉ。魔王を倒すにはレベルが足りません」
「そうなんだ。ちなみにそのレベルってのは?」
「魔王を倒すにはレベル10000くらいは必要ですかねぇ。私が転生した中では、一番高いレベルで2000でしたよ」
「に……2000レベル……ほんとにやっぱ、俺ってゴミだったんだ」
自暴自棄に項垂れるが、そんな俺を覗き込むハルモニアの目は潤んでいて、今にも涙が零れんほどに目尻に溜まる。
「そんなこと言わないでください! 私の唯一の成功がネクロさんなんです! きっと私はネクロさんに会う為に、天使として生を受けたんです!」
大袈裟な言葉に耳がいきがちだが、改めて考えてみればハルモニアは天使だ。
転生の力を持つ、世界の外側の異能力を持つ存在。
「ハルモニアがいるなら安心だね。きっとめちゃくちゃ強いんでしょ?」
「あう……そう言ってもらえて嬉しいですが、残念ながら私のレベルは1028。それほど強い訳じゃないんです」
しゅんとして頭を垂れるハルモニア。
一度は憎いと思ったが、好いてくれるようになったら話は別だ。
柔らかくウェーブする金の髪に、そっと掌を乗せると撫でてやる。
「それでも十分強いよ。頼りにしてるね、ハルモニア」
「ふ……ふええええええ! はふはふ……うっひょぉおおお!」
意味不明な歓声を上げはじめた。
けれど喜んでいるのなら、まあ悪い気はしない。
「天使や神は途方もない力を持ってると思ったけど、それほどではないんだね」
「いえ、神は別格です。強弱とか勝ち負けとか、そういう次元じゃありません。赦されるか赦されないか。神が下す罰や恵みは、常に一方向にしか向かいません」
途端に真顔で語るハルモニアに、少しの寒気を感じる。
「ではまず、近くの町に向かいましょー!」
「でも、ここがどこだかも分からない」
「私も知りません。ですが私は天使で、背中には翼があります」
「それって……俺は高所が苦手で……」
「レッツゴー!」
背中からしがみ付かれて、ハルモニアの翼は宙を叩く。
ひと煽ぎで木々の上まで跳ね上がると、あっという間に遠くの山と同じ視点に。
「ひえぇぇぇ……」
「ぷるぷる震えて……いやん、可愛いです。でも大丈夫。私がしっかり愛と共に、強く抱き締めておりますから」
さすがにこの状況では、胸の感触云々を考えてる余裕もなくて、上空からミニチュア大に見える町に降り立つまでは、頭の中は真っ白になっていた。




