王様に謝ってみた
これにてリーヴァとの戦いに勝利した。
ワルキューレ・アナテマも二体となり、ドールの強さにも磨きがかかった。
彼女らの心を操りつつ、最強のハーレム軍団を築き上げ魔王を倒し、そしてハルモニアを転生の力を自在に操れる神とする。
けれどそれが終わりじゃない。
エイルも蘇らせるが、最終の目的はリムルとの再会。
となると最後の難関は魔王ではなく……ハルモニア。
「ネクロさん? 難しい顔してどうしたんですか?」
「あ、いや……なんでもないよ」
「これから王への謁見ですもんね。そりゃあ誰だって緊張しますよ」
俺に気を遣うハルモニアは、きっと頼めば死んだ二人を蘇らせてくれるだろう。
けれど絶対会わせない。巡り合わせることまでは許可しない。
蘇らせるのは決して死んだ二人の為ではなく、あくまで俺の為を想い、俺の罪悪を取り除くことだけが目的の行いになるはずだ。
後には神となったハルモニアと、二人だけの世界に連れて行かれるに違いない。
「俺たちの股間は……僧侶の女は死んじまったが……」
「私が治せますから。けれどまだです。この国に滞在する間はしっかり私たちを、ネクロさんを擁護し立ててくださいね?」
「わ、分かったよ……」
兵長に先導されて、はじめて表から城に入る。
十メートルもあるリーヴァも潜ることができる大きな門だが、身の丈より何より胸がつかえて苦しい表情を覗かせる。
「クソが……乳首が擦れて痛ぇんだよ……」
「わらわのような形態変化できる魔物は便利じゃぞ」
「伸びたり縮んだりできて羨ましいぜ。あたしの乳はでかくなる一方だ」
「まだ成長しとるのか……」
「この一年で一メートルは膨らんだ。煩わしいったらこの上ないぜ」
リーヴァの話すバストサイズの単位が明らかにおかしいのだけど。
変身したカーラも大概だったが。
大階段に続く大広間には華やかなレッドカーペットが敷かれ、続く先には王が座し、リーヴァの姿を見るや否や顔をしかめる。
「国の仇め……」
白髭を蓄える威厳に満ちた王……だったのだろうが、今は憎しみに歪んだ醜い顔を張り付ける。
その顔は俺からすれば恐ろしいものだが、魔物のリーヴァからすれば毛を逆立てる仔猫といったぐらい。
「これはこれはヴラーヴ王、お初にお目にかかるなぁ? あんたにゃ頭を下げなきゃならねぇ」
「今さら謝罪などしたところで……」
「ばぁか、詫びじゃなくて礼だよ! あたしらが管理するでもなく良質な肉を育ててくれる。ありがてぇこったなぁ! あはははははは!」
城内の者たちは怒り、悔しさのあまりに涙に暮れる者さえも。
とはいえ彼らからは何もできない。
高位魔物であるリーヴァには手出しのしようがない。
「リーヴァ! そんなことをしに来た訳じゃないだろ!」
「あはは……そうだったね……悪い悪い……」
「…………」
「お、怒ってる? ほんとに悪かったって思ってるよ……だから嫌わないで……」
巨体を捩らせるリーヴァはあたふたと動揺し、大きな瞳いっぱいに涙を浮かべた。
そのあまりに異質な光景に、怒りも悲しみも停止した城内の者たちの目は、俺とリーヴァの間を交互する。
「あのな、あたしはもう城の人間を襲わねぇ。つぅか人間を襲わねぇ」
「だ、誰がかような話を信じるか! そもそもその男たちはリーヴァの討伐に来たのだろう? 処刑の為に生かして連れて来たのではないのか!?」
「違ぇよ。あたしは負けたんじゃねぇ、惚れたんだ。だからネクロに付いて行くし役に立ちてぇ。つまり脅威を排除したネクロは依頼を達成したも同然で、報酬を認めろって話だな。依頼主のハルトっつう奴は死んだみたいだが、代わりにネクロに報酬をやるんだ」
「ギルドの討伐の報酬ことか……だが誰がくれてやるか。そもそも魔物と和解だと? ネクロとやらはリーヴァとグルなんだろ! とことん腐った人間……め……」
ついさっきまで側にいた長い体は横に伸びて、王の間近に迫るリーヴァの首。
ここから顔は見えないが、慄く王の顔を見る限り、リーヴァの恐ろしき形相が伺い知れる。
「交渉は無しだ、やはり死ね」
歌声で魅了するセイレーンの声質。
言霊を持つというのなら、死の宣告にはどれほどの力がこもるのだろう。
「リーヴァ、駄目だって……それに皆も殺気を抑えてね」
「後ろを見てないのによく分かりましたわね!?」
「見なくても予想が付くよ」
「危うく変身するところじゃったわ」
「余計ややこしくなるからそれは駄目」
「魔法でなら殺してもおっけぇかなぁ?」
「それも駄目」
俺を侮辱する言葉には過敏な女たち。
俺が全てであとはゴミ。
相手が王でも奴隷でも関係ない。
「王様は不安なようですがぁ、でも安心してくださぁい! 一緒に戦ったヴラーヴ城の兵長さんなら、私たちがリーヴァとグルではないことが分かりますよねえ?」
問い掛けの呈は成しているが、彼らはムスコを人質に取られているのだ。
兵長は大人しく首を縦に振る。
「ほらぁ! 皆の意見を大切にしましょうよ、ヴラーヴ王?」
「う、うぬぬ……」
この場の皆が頷いて欲しいと思っているはず。
それは俺たちだけでなく、命を天秤に掛けられた城に仕える者たちでさえも。
しかし王としてのプライドがあるのだろう。
王は唸るだけでうんとは言わなかった。
「ったく……分かったよ。謝罪があればいいんだろ? お前ら、こっちに来い!」
リーヴァに呼ばれて訪れるのは、俺に魅了された配下のセイレーンたち。
裏切られて闇討ちされるのも怖いので、結局全員を魅了したのだ。
「ほら、並べよ。並んで頭を下げるんだ」
「えー」
「なんでよ」
「しょうがねぇだろ! ネクロの為でもあるんだ!」
もと主の命だが、渋々といった様子で頭を下げるセイレーンたち。
今やリーヴァは恋敵で、言うことを聞くのも癪なのだろう。
「形だけの謝罪になんの意味があるというんだ!」
「だからな、今から意味を持たせてやる」
セイレーンたちの頭上に影が差す。
気付いた一匹が下げた頭を振り返ると、リーヴァの固めた拳が迫ってきて――
「ごめんなさぁい♪」
潰された個体は、まあるい赤の血だまりと成り果てた。
「ごめぇん♪ ごめんごめんごめん♪ ごめんなさいねぇ~♪」
謝罪と殴打でリズムを取り、次々と同胞を叩き潰していくリーヴァ。
肉片が散り羽が舞い、絶叫が響く大広間は瞬く間に血の海と化す。
「お、お前はいったい何をしてるんだ……」
「これで溜飲が下がっただろぉ? 死んだ数で言えば知らねぇが、お前ら人間は今後も繁栄できる。対してセイレーンは私を残して全滅だ。種族として壊滅してやったんだからよぉ、許してくれねぇか?」
「馬鹿な……種を捨てるなんて」
「もはや必要ねぇんだよ。種なんてどうでもいいことに気付いたからな。種を超える尊い愛情……ネクロが私の全てなんだぁ~♪」
「く、狂っとる……」
同胞を皆殺しにしたというのに恍惚に浸るリーヴァ。
さすがに俺の仲間たちも異があるようで、各々が一歩踏み出した。
「頭おかしいですわ!」
「ホント王様の言う通りだよ!」
「思い上がりも甚だしいのぉ!」
「だってネクロさんは、このハルモニアの全てなんですからぁ!」
「違うし!」
「私だし!」
もはや慣れっこの光景だが、王含め城の者には異常に見えたに違いない。
王は悪や敵意に歯向かう誇りはあったが、異常と立ち向かう勇気はなかった。
「分かった……報酬は認めるから……もう何も関わらないで……」
「関わらないでぇ、だなんて……」
「いやぁん! 気があるとでも思ったのぉ?」
「うける~」
「自惚れ~」
「王様ちゃんきもーい!」
笑い声に溢れるヴラーブ城の大広間。
これからはリーヴァの恐怖に脅えることはないというのに、彼女らの他に喜ぶ者は皆無だった。




