だいしゅきパワー
エイルを守ることができなかった。
エイルが目の前で殺されてしまった。
なのに、彼女らときたら――
「大丈夫かの!? ネクロ殿!」
「ドールが体で癒してあげるから」
「私が付いておりますわ!」
「活力ギンギン魔法使います!?」
もはやエイルのことなど眼中になくて、どころかリーヴァすら見ていなくて、己の欲望に極めて忠実。
そんな場合じゃないだろと怒鳴りたい。
お前らのせいでエイルが死んだと罵りたい。
だけど……だけどだけど……
本来は人の死に寄り添う彼女らの人格を、奪ってしまったのは俺の力。
最も罪深いのは、紛れもなくこの俺だ。
「俺は大丈夫だから……ワルキューレ・アナテマを……リーヴァを倒そう」
「がってん承知じゃ!」
「それがネクロくんの為だもんね!」
「私が倒せば惚れ直してくれまして?」
「いいやわらわが――」
「ドールがやるもん!」
私が私が私が私が……
我先にと押しのけあう女たちは、仲間だというのに己の欲に目が眩み、まるで連携が取れてない。
彼女らが唯一見せたコンビネーションは、ライバルを消す際の暗黙の了解だけ。
俺の周りにはエイルを除いた四人に加えて、魅了したセイレーンたちが鋭くリーヴァを見据えている。
「なんだよこりゃあ……喰ってる間にどうしちまった……同胞たちよ」
「リーヴァ様~♪ 我らこれよりネクロ様にお仕えしまぁす♪」
「な……何を言ってやがるんだ?」
主を嘲笑うセイレーンたちは凡そ敵方の二割程度。
まだまだ相手の方が数は多いが、ファッシネイションの射程に飛び込むや即座に寝返り、味方はどんどんと増えていく。
奴らは人を家畜のように扱った。人々も牛豚に似たようなことをしている。だからといって因果応報よろしく、運命を受け入れろというのは別の話だ。
弱い方が喰われるだけで、リーヴァの欲望が勝るか、俺たちの欲望が勝るか、これは欲望の勝負。
「勝つ為なら容赦はしない。行け! セイレーンたち!」
俺の指示に従いセイレーンたちは元ボスの群れの襲い掛かる。
数だけで言えば、今のところこちらが不利。
しかし魅了したセイレーンは、敵方のセイレーンを次々と噛み殺していく。
「ちっ……同種なのに本気で殺しにきてやがる。対してあたしの配下は未だ戸惑いを隠せねぇ。これは混乱……いや服従? どちらにせよあの男に精神を操られているようだが……だったらこれならどうだ!」
リーヴァは上空に飛び上がると、自らの声で歌いはじめた。
耳栓越しにもかなりきついが、なんとか意識を保てる範囲内。
これ以上リーヴァに近寄られたら安全の保障はないが、同時にリーヴァの方も俺の能力を警戒して近寄らない。
ではリーヴァは何の為に歌を歌うのか。
「ラララ~♪ あたしの歌は心を操るのさ~♪ てめぇのちっぽけな催眠なんざ~♪ あたしの声で塗りつぶしてやるっての~♪」
身内を操作して俺の力から解放し、己の手駒に戻すことがリーヴァの目的。
口汚くも美しいリーヴァの歌声を耳にすると、俺が魅了したセイレーンたちは身を捩らせて絶叫する。
「うっせぇえええ!」
「響かねぇんだよ!」
元配下たちに自慢の歌声を罵られ、ぴたりと歌唱を止めたリーヴァはわなわなと唇を震わせた。
「な……なぜ通用しねぇ……」
「なぜって……そんなの効く訳ないじゃないか」
レベル1の最低最弱の俺の反論。
あっけに取られたリーヴァはぽかんと口を開ける。
「今……なんて言った?」
「歌声は響かないって言ったんだ。なぜなら彼女らは俺に恋してるからね」
「戯言言ってんじゃねぇよ……恋心程度であたしの歌声が遮られるなんて……」
最弱の俺が高位魔物を相手に不敵に笑い、そうではないと指を振る。
「見たことあるかな? 友の声で改心したり、ヒロインの声で目覚めたり、王子のキスで呪いを解いたり。大切な人の声で息を吹き返す。理屈の先の奇跡の場面って」
「何が言いてぇ」
「そんな場面を想像してみ? そんな重要なシーンなら、なんだか敵の催眠とか呪いとか、解いちゃいそうな気がしない?」
「ば、馬鹿かよ! だからあたしの歌声が効かねぇと? この世に奇跡が無いとは言わねぇ……だがそれは究極ともいえる精神状態が起こしうる神業だ! 今さっき出会った程度の間柄が起こせる代物じゃ――」
「そういうものなんだよ、俺のファッシネイションは。命を預け合った戦友との仲、血の繋がった親子の縁、狂おしい程に愛する恋人の絆。長年の繋がりで至る究極の感情を、一瞬で生み出すのが俺の能力」
「い……一瞬……」
「だから歌声に惚れるだなんて、彼女らの心の中の揺るがぬ一位に俺がいる以上、催眠の付け入る余地なんてないんだよ!」
最も罪深いのは俺かもしれない。
エイルの死は俺に責任があるかもしれない。
けれど殺したのはリーヴァであって、それはそれで普通に――許して堪るか!
「歌声は通じず配下も奪われ、さてリーヴァ……覚悟はいいな!」
豊満なリーヴァの胸に指を突き付けると、待ってましたと言わんばかりに仲間たちが飛び出した。
「あんたが死ねばネクロさんは喜んでくれるかなぁあああ!」
「手柄は私のものですわぁあああ!」
「ドールが殺すのぉおおお! 褒めて褒めてぇえええ!」
「ひっ……」
俺に褒められたい一心で襲い来る女たち。
そこに協力などの計略的な恐れはないが、何としても私が殺してやると、その意気込みはワルキューレ・アナテマを恐れさせるに十分な圧を放っていた。
「情けなきリーヴァ! ネクロ殿を慕うわらわは魔王に仕えるうぬと違い、恐れるものなど何もないわぁあああ!」
「お前……カーラか!? 魔王様を裏切りやがったのか!?」
「うぬには分かるまいよ。従属を超える運命の出会いはなぁ!」
「威勢はいいがカーラよぉ、あたしのレベルは254もあるんだ。ワルキューレ・アナテマでも最弱のてめぇが……」
「愚か者がぁあああ!」
カーラの体から邪気が溢れ出すと、二本の足は一つに繋がり、更に皮膚からは鱗が現れて、下半身を大蛇としたラミアーの如し異形へと変化する。
「な……その姿は……」
「戦闘形態じゃ。うぬには見せておらんかったなぁ。第二形態になることでわらわのレベルは倍の316。バストも合わせて倍の値じゃぁあああ!」
「レ……レベル316!? 馬鹿な……このあたしより上だと!?」
驚愕するリーヴァには続け様に、カーラの邪気とは別方向から、飛翔する体を揺らす魔力の風が吹き付ける。
「はぁあああ! ネクロくんを想えば、力は無限に湧いてくるんだぁあああ!」
「人間? 小娘? しかしこの……ありえない力は!?」
爆発さながらの風を巻き起こし、茶の巻き髪を逆立てるドールからは天を貫くオーラが迸る。
「今この瞬間、ドールはレベル300まで達したの! これもきっと……ネクロくんの愛がくれた奇跡の力なんだぁあああ!」
「ば……馬鹿げてる! そんなことありえる訳が……」
リーヴァの言う通り、こんな力はありえないし許されない。
けれど唯一許されるとしたら、理屈を抜きに納得できる場面が一つある。
「確かにこの世界に前例はないよ。けれど例えば物語の終盤、愛に目覚めた主人公が覚醒し、究極の力を得るような。そんな場面だったらどうだろう?」
究極の精神状態。
数百年に一度起きるか起きないか、そんな最上の精神状態を意図的に作ることができる。それほどの強い想いを抱かせることができる。
それが俺のファッシネイション。
「ず、ずるい……ずる過ぎる……そんな力は……そんな力は決してぇえええ!」
大きく翼をはためかせ、リーヴァはあらん限りの力で俺に突進してきた。
すかさず仲間たちが盾となり、俺は守られた安全な場所から見開くリーヴァの眼を睨みつける。
「あってはならねぇんだぁああああああぁぁぁ……」
目先十メートルまで迫るリーヴァの動きは、そして気迫や咆哮は、見る間に萎んで減退する。
「あってはならないと、そう思うかな?」
「そ……そんなことはねぇ……むしろあって良かった……あたしがあんたと結ばれる為に神が寄越した力に違いねぇ……」
リーヴァの突然の掌返しに、俺の方に振り返る仲間たち。
「まさかネクロくん!?」
「嘘じゃろ……」
「この雰囲気は……」
「ネ、ネクロさん!? リーヴァはエイルを殺したんですよ!? そんな奴を許すおつもりで――」
「許さない! 俺はリーヴァを許さない。けれど死ねば罪が清算されるなんてことはない。再びエイルを蘇らせることに尽力する。それがこいつの償いで、これからは魔王と戦う為の駒として生きるんだ!」
俯く顔から上目を覗かせるリーヴァ。
これまでの強気が嘘のように縮こまる。
「ネ、ネクロといったか? あたしはネクロのことが好きで……駒として生きるなんて耐えられなくって……だからネクロもあたしのことを……」
期待するような眼差しを向けるリーヴァだが、俺は開いた五指を突き付けた。
「それだけは絶対にないと断言するよ」
「うぅぅ……そんな……」
究極の恋愛感情に対しての完全なる拒絶。
俺を愛することを生きる目的にさせて、それを拒否されれば途方に暮れるしかないだろう。
絶望の涙を流すリーヴァだが、最後に俺は一言だけ添えてやる。
「罪が清算されない限りはね」
瞳には希望が蘇るリーヴァ。
これで彼女はエイルを殺した罪を清算するべく、いかなる罪も犯すだろう。




