表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/65

だいしゅきパワー

 エイルを守ることができなかった。

 エイルが目の前で殺されてしまった。

 なのに、彼女らときたら――


「大丈夫かの!? ネクロ殿!」

「ドールが体で癒してあげるから」

「私が付いておりますわ!」

「活力ギンギン魔法使います!?」


 もはやエイルのことなど眼中になくて、どころかリーヴァすら見ていなくて、己の欲望に極めて忠実。

 そんな場合じゃないだろと怒鳴りたい。

 お前らのせいでエイルが死んだと罵りたい。

 だけど……だけどだけど……

 本来は人の死に寄り添う彼女らの人格を、奪ってしまったのは俺の力。

 最も罪深いのは、紛れもなくこの俺だ。


「俺は大丈夫だから……ワルキューレ・アナテマを……リーヴァを倒そう」

「がってん承知じゃ!」

「それがネクロくんの為だもんね!」

「私が倒せば惚れ直してくれまして?」

「いいやわらわが――」

「ドールがやるもん!」


 私が私が私が私が……

 我先にと押しのけあう女たちは、仲間だというのに己の欲に目が眩み、まるで連携が取れてない。

 彼女らが唯一見せたコンビネーションは、ライバルを消す際の暗黙の了解だけ。

 俺の周りにはエイルを除いた四人に加えて、魅了したセイレーンたちが鋭くリーヴァを見据えている。


「なんだよこりゃあ……喰ってる間にどうしちまった……同胞たちよ」

「リーヴァ様~♪ 我らこれよりネクロ様にお仕えしまぁす♪」

「な……何を言ってやがるんだ?」


 主を嘲笑うセイレーンたちは凡そ敵方の二割程度。

 まだまだ相手の方が数は多いが、ファッシネイションの射程に飛び込むや即座に寝返り、味方はどんどんと増えていく。

 奴らは人を家畜のように扱った。人々も牛豚に似たようなことをしている。だからといって因果応報よろしく、運命を受け入れろというのは別の話だ。

 弱い方が喰われるだけで、リーヴァの欲望が勝るか、俺たちの欲望が勝るか、これは欲望の勝負。


「勝つ為なら容赦はしない。行け! セイレーンたち!」


 俺の指示に従いセイレーンたちは元ボスの群れの襲い掛かる。

 数だけで言えば、今のところこちらが不利。

 しかし魅了したセイレーンは、敵方のセイレーンを次々と噛み殺していく。


「ちっ……同種なのに本気で殺しにきてやがる。対してあたしの配下は未だ戸惑いを隠せねぇ。これは混乱……いや服従? どちらにせよあの男に精神を操られているようだが……だったらこれならどうだ!」


 リーヴァは上空に飛び上がると、自らの声で歌いはじめた。

 耳栓越しにもかなりきついが、なんとか意識を保てる範囲内。

 これ以上リーヴァに近寄られたら安全の保障はないが、同時にリーヴァの方も俺の能力を警戒して近寄らない。

 ではリーヴァは何の為に歌を歌うのか。


「ラララ~♪ あたしの歌は心を操るのさ~♪ てめぇのちっぽけな催眠なんざ~♪ あたしの声で塗りつぶしてやるっての~♪」


 身内を操作して俺の力から解放し、己の手駒に戻すことがリーヴァの目的。

 口汚くも美しいリーヴァの歌声を耳にすると、俺が魅了したセイレーンたちは身を捩らせて絶叫する。


「うっせぇえええ!」

「響かねぇんだよ!」


 元配下たちに自慢の歌声を罵られ、ぴたりと歌唱を止めたリーヴァはわなわなと唇を震わせた。


「な……なぜ通用しねぇ……」

「なぜって……そんなの効く訳ないじゃないか」


 レベル1の最低最弱の俺の反論。

 あっけに取られたリーヴァはぽかんと口を開ける。


「今……なんて言った?」

「歌声は響かないって言ったんだ。なぜなら彼女らは俺に恋してるからね」

「戯言言ってんじゃねぇよ……恋心程度であたしの歌声が遮られるなんて……」


 最弱の俺が高位魔物を相手に不敵に笑い、そうではないと指を振る。


「見たことあるかな? 友の声で改心したり、ヒロインの声で目覚めたり、王子のキスで呪いを解いたり。大切な人の声で息を吹き返す。理屈の先の奇跡の場面って」

「何が言いてぇ」

「そんな場面を想像してみ? そんな重要なシーンなら、なんだか敵の催眠とか呪いとか、解いちゃいそうな気がしない?」

「ば、馬鹿かよ! だからあたしの歌声が効かねぇと? この世に奇跡が無いとは言わねぇ……だがそれは究極ともいえる精神状態が起こしうる神業だ! 今さっき出会った程度の間柄が起こせる代物じゃ――」

「そういうものなんだよ、俺のファッシネイションは。命を預け合った戦友との仲、血の繋がった親子の縁、狂おしい程に愛する恋人の絆。長年の繋がりで至る究極の感情を、一瞬で生み出すのが俺の能力」

「い……一瞬……」

「だから歌声に惚れるだなんて、彼女らの心の中の揺るがぬ一位に俺がいる以上、催眠の付け入る余地なんてないんだよ!」


 最も罪深いのは俺かもしれない。

 エイルの死は俺に責任があるかもしれない。

 けれど殺したのはリーヴァであって、それはそれで普通に――許して堪るか!


「歌声は通じず配下も奪われ、さてリーヴァ……覚悟はいいな!」


 豊満なリーヴァの胸に指を突き付けると、待ってましたと言わんばかりに仲間たちが飛び出した。


「あんたが死ねばネクロさんは喜んでくれるかなぁあああ!」

「手柄は私のものですわぁあああ!」

「ドールが殺すのぉおおお! 褒めて褒めてぇえええ!」

「ひっ……」


 俺に褒められたい一心で襲い来る女たち。

 そこに協力などの計略的な恐れはないが、何としても私が殺してやると、その意気込みはワルキューレ・アナテマを恐れさせるに十分な圧を放っていた。


「情けなきリーヴァ! ネクロ殿を慕うわらわは魔王に仕えるうぬと違い、恐れるものなど何もないわぁあああ!」

「お前……カーラか!? 魔王様を裏切りやがったのか!?」

「うぬには分かるまいよ。従属を超える運命の出会いはなぁ!」

「威勢はいいがカーラよぉ、あたしのレベルは254もあるんだ。ワルキューレ・アナテマでも最弱のてめぇが……」

「愚か者がぁあああ!」


 カーラの体から邪気が溢れ出すと、二本の足は一つに繋がり、更に皮膚からは鱗が現れて、下半身を大蛇としたラミアーの如し異形へと変化する。


「な……その姿は……」

戦闘形態(メタモル・ア・ゴーン)じゃ。うぬには見せておらんかったなぁ。第二形態になることでわらわのレベルは倍の316。バストも合わせて倍の値じゃぁあああ!」

「レ……レベル316!? 馬鹿な……このあたしより上だと!?」


 驚愕するリーヴァには続け様に、カーラの邪気とは別方向から、飛翔する体を揺らす魔力の風が吹き付ける。


「はぁあああ! ネクロくんを想えば、力は無限に湧いてくるんだぁあああ!」

「人間? 小娘? しかしこの……ありえない力は!?」


 爆発さながらの風を巻き起こし、茶の巻き髪を逆立てるドールからは天を貫くオーラが迸る。


「今この瞬間、ドールはレベル300まで達したの! これもきっと……ネクロくんの愛がくれた奇跡の力なんだぁあああ!」

「ば……馬鹿げてる! そんなことありえる訳が……」


 リーヴァの言う通り、こんな力はありえないし許されない。

 けれど唯一許されるとしたら、理屈を抜きに納得できる場面が一つある。


「確かにこの世界に前例はないよ。けれど例えば物語の終盤、愛に目覚めた主人公が覚醒し、究極の力を得るような。そんな場面だったらどうだろう?」


 究極の精神状態。

 数百年に一度起きるか起きないか、そんな最上の精神状態を意図的に作ることができる。それほどの強い想いを抱かせることができる。

 それが俺のファッシネイション。


「ず、ずるい……ずる過ぎる……そんな力は……そんな力は決してぇえええ!」


 大きく翼をはためかせ、リーヴァはあらん限りの力で俺に突進してきた。

 すかさず仲間たちが盾となり、俺は守られた安全な場所から見開くリーヴァの眼を睨みつける。


「あってはならねぇんだぁああああああぁぁぁ……」


 目先十メートルまで迫るリーヴァの動きは、そして気迫や咆哮は、見る間に萎んで減退する。


「あってはならないと、そう思うかな?」

「そ……そんなことはねぇ……むしろあって良かった……あたしがあんたと結ばれる為に神が寄越した力に違いねぇ……」


 リーヴァの突然の掌返しに、俺の方に振り返る仲間たち。


「まさかネクロくん!?」

「嘘じゃろ……」

「この雰囲気は……」

「ネ、ネクロさん!? リーヴァはエイルを殺したんですよ!? そんな奴を許すおつもりで――」

「許さない! 俺はリーヴァを許さない。けれど死ねば罪が清算されるなんてことはない。再びエイルを蘇らせることに尽力する。それがこいつの償いで、これからは魔王と戦う為の駒として生きるんだ!」


 俯く顔から上目を覗かせるリーヴァ。

 これまでの強気が嘘のように縮こまる。


「ネ、ネクロといったか? あたしはネクロのことが好きで……駒として生きるなんて耐えられなくって……だからネクロもあたしのことを……」


 期待するような眼差しを向けるリーヴァだが、俺は開いた五指を突き付けた。


「それだけは絶対にないと断言するよ」

「うぅぅ……そんな……」


 究極の恋愛感情に対しての完全なる拒絶。

 俺を愛することを生きる目的にさせて、それを拒否されれば途方に暮れるしかないだろう。

 絶望の涙を流すリーヴァだが、最後に俺は一言だけ添えてやる。


「罪が清算されない限りはね」


 瞳には希望が蘇るリーヴァ。

 これで彼女はエイルを殺した罪を清算するべく、いかなる罪も犯すだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ