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フラグを立ててみた

 調子に乗ったハルモニアは皆に術式を教えてしまった。

 試したいという声が上がったが、なんとか拝み倒すことで、活力魔法とやらの使用は封印してもらった。

 例え狂気的な彼女らとはいえ、見た目は美しく色香は天に届くほどに濃厚だ。

 もし理性を失くしてしまったら、自分で自分を制御できるかも分からない。

 ちなみに活力ギンギン魔法は女性でも効果があるらしい。

 素体のままでこれだもの。百倍になったらどうなってしまうのか。


 色々あったが、とはいえ肝心のセイレーンは現れず終い。

 そろそろ陽の暮れる頃合いが近付いて、哀愁の夕焼けに染まりはじめる。


「今日もセイレーンは来なかったね」

「来て欲しい時に限って来ないものです。焦らず待ちましょう」


 活力魔法の時にこそ荒く息を巻いていたが、今はお淑やかなエイルは首を斜めにすると微笑んだ。

 話していて一番落ち着くけれど、そんな和やかさを許さないのが残りの四人。


「ネクロくんと一緒なのはいいけどさ、ここにずっと缶詰は嫌だよう!」

「やれやれ……リーヴァの奴、間が悪いのぉ」

「とはいえこちらから出向いても仕方ないという結論は出てますわ」

「フラグを立てて見るのはどうでしょう!?」


 ハルモニアの言うフラグって、あのフラグ?

 いやいやまさか、活力魔法然りこれもこれで、そういう魔法とかスキルがあるんだ、きっと。


「今日はもうお終いですかー」

「とか言ってー、こんなこと言ってたら本当に来ちゃったりしてー」

「今来られたらやばいですわよねー」

「まさか今来るなんてことはないじゃろー」

「ああ神よ、私はこの戦いが終わったらネクロ様と結ばれるのです」

「ホントにただのフラグだったよ! そんなのおまじないと変わらないじゃん! しかも最後のは死亡フラグだし! こんなのでやってきたら世話ないって――」


 ばさりばさりと、大きな羽音が夕暮れの空に響き渡る。


「ま、まさか……」


 西の海から陽を背にして羽ばたく影の群れ。

 中心には一際巨大な影が結い髪を波立たせながら、片手を極大の胸に、もう片手を天に掲げた。


「ラララ~♪ お邪魔するぜぇ~♪ 今夜も死の宴のはじまりはじまり~♪」


 言葉は汚いのに玉を転がすような声色。

 人知の及ばぬ超常の歌声。

 頭を芯から揺さぶられ、酔った時のように朦朧とする。


「うう……意識が……」

「ネクロ様!?」

「しっかりして!」

「とりあえずおっぱい揉むのじゃ!」

「お股で挟んであげますわ!」

「ああ! 母乳が出ないのが口惜しい!」


 そんなことされたらさ、余計に意識が飛びそうなんだけど。


「セイレーンの歌声は人心を惑わす……だっけか」

「リーヴァの歌声はレベルに応じて効き目が早くなるのじゃ。わらわは高位魔物ワルキューレ・アナテマゆえ、ある程度の音波耐性があるのじゃが……」

「それじゃいずれ私たちも……でもそんなことより!」

「一番大切なネクロ様が、アッパラパーになってしまいますわ!」


 皆は互いに目を向け合うと、ごくりと唾を呑み込んだ。


「アッパラパーなネクロさん……」

「それもいいかも……」

「本能のままに襲ってくれたら……」


 おいおい、そんな場合じゃないでしょうが。


「あたしの声に聞き惚れな! 愚民どもが!」


 リーヴァの大声が再び朱の空に高鳴った。

 皆は再び目を向け合うと、鋭い視線をリーヴァに飛ばす。


「惚れるですって? ネクロさんを惚れさせるですって!?」

「そんなふざけたことを言う奴は……」

「口を裂いて――」

「喉を潰して――」

「八つ裂きにしてくれるわぁあああ!」


 情緒が不安定過ぎて恐ろしいが、めでたく闘志は万端だ。


 見張り台から警鐘が鳴らされ、城から出てきた兵たちは耳に栓を詰めはじめた。

 果たしてこの間も皆に歌声は届いているが、カーラはレベルに応じてと言っていたし、とりわけ弱い俺は真っ先に効果が現れてきてしまっている。


 そんな俺を見て、皆はまず兵の下に一直線。

 背後からドロップキックをかますなり、マウントを取ってパウンドし、ボコボコにのした兵から耳栓を奪って帰って来た。


「や、やりすぎ……」

「ネクロくーん!」

「耳栓どうぞですわ!」

「私の持ってきたものを!」

「いやいや、わらわからのプレゼントを!」


 勝ち負けより、俺への好感度を第一優先にする女たち。

 国の安否より、愛を求める女たち。

 それが異常でありながら、今や慣れはじめてしまった光景で、その中でエイルだけは来襲するセイレーンと戦わんと、沈む夕日の方角へと駆け出していた


「すごい……すごいよ……エイル……」


 エイルは俺の魅了の術中にありながら、適切な行動を選び出した。

 皆が欲望に駆られる中で、己の役目を果たそうとしているのだ。


「――あ――と――」

「――こ――」


 微かな声が聞こえた。

 見れば皆の口元が僅かに動いている。

 しかし既に耳栓を突っ込まれ、なんて言ってるか分からない。

 みな一様にセイレーンの方に首が向き、戦いに意識を戻してくれたのだろうか。

 いや……目線はセイレーンより少しだけ下を向いてる。

 直線上に続くのは、(リーヴァ)ではなく大敵(エイル)の背中だった。


 あ・ざ・と。

 せ・こ。


 喋った言葉は――あざとい――せこい……

 嫉妬に満ちた彼女らの視線が物語る。


 失敗した。

 俺はやってしまった。

 彼女らの前で、エイルだけを心から褒めてしまった。

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