恋に最強
「なんとかならないんですか!?」
「なんともなりませぇん! 魂の素質から転生してるので、もう一度転生し直したところで結果は同じ!」
大きな溜め息を漏れ出すと、項垂れる天使は力なく膝を崩す。
チュニック丈の薄布が捲れて、ちらりと覗く太ももが艶やかだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「でもでも! レベルを上げれば強くなれるんじゃ……」
「無駄ですよぉ。クソ雑魚なのに、どうやってレベルを上げるっていうんですか。RPGのように、戦闘に参加しても見ているだけでは経験値の分け前なんて貰えないですからね? ちゃんと自分で戦って強くならなきゃなりません」
「レベル以外に何か特別な力は……」
「ネクロさんの目は節穴ですか? MPも魔力もゼロなんですよ? 魔法だって使えません。唯一はスキルのみですが、スキルはレベル1で一つだけ。その後は10の倍数で一つずつ増えていきます。ですが無限に近い数のスキルの中で、ネクロさんが持つのはたった一つだけ。宝くじの一等を当てるより絶望的です」
「そんな……」
せっかくチャンスが巡って来たのに、やはり転生したところで、根暗な俺は脚光を浴びることは無理なのか。
「だけどもしかしたら、その一つが超レアなスキルかも……」
「はいはい、そうやって期待したところで結果は見えてます。私ですらスキルは全て把握しきれてません。そんな膨大なスキルの中で、ネクロさんのレベルを覆すような強力なスキルは、数えるほどしかないんですから」
つまらなそうに目を細めるハルモニア。もはや俺への興味は失せていて、ゴミでも見るかのような辛辣な眼差しを向けられる。
「そ……そんな目で俺を見るなよ……」
「雑魚でゴミの癖に、私に命令しないでください。今までも全員失敗してきましたが、あなたはとびきりの駄作ですよ」
「お前が転生した癖に……俺のせいにするなぁぁぁ」
「クズな魂のせいでしょう。高貴な天使の私に責任を擦り付けないでください」
そっぽを向くと、ハルモニアは癖のある金髪を指で捩りはじめる。
知ったこっちゃないと、その態度があまりにも癇に障って、陰キャで暗くて地味な人生、初めて怒りが爆発した。
「ふざけんなぁあああ!」
ハルモニアの豊満な胸元の薄布を掴んで引き寄せると、言葉にならない怒号を飛ばした。
そんな俺を見るハルモニアの青き瞳は冷えていて、再び右手に貫き手を作ると、俺の胸に押し当てる。
「ひっ……」
激情は一瞬で、すぐに死の恐怖が蘇ると、咄嗟に目を閉じた。
ハルモニアから見て雑魚でゴミなら、俺を殺すことになんの躊躇いもないだろう。
先ほど同様に胸には熱さが宿るが、以外は氷のように冷たくなって――
ない? 冷たくないぞ。むしろ温かい。包まれるような温かさが、前にも後ろにも感じられる。
柔らかい感触が頬を撫で、甘いジャスミンの香りが鼻を通ると、湿った吐息が耳元をくすぐった。
「好き」
好きって……何が?
ゲームが好き、カレーが好き、スノボが好き。そんな好きなら俺も知ってる。
けれど陰キャで地味な俺は、ある感情でのみ発生する好きという言葉を、今まで一度も聞いたことがなかった。
「ネクロさんのこと、だぁい好き」
薄く目を開いてみると、輝く青い瞳が見えてきて、続いて白い肌に通る鼻筋。
端麗で可愛いらしいハルモニアの小顔が、視界いっぱいの眼前で、薄く赤らみ微笑んでいたのだ。
「え……と……はい?」
「雑魚とかゴミとか、ぜぇんぶ嘘。ほんとのほんとはね? ネクロさんのことが好きで好きで、大好きでたまらないの」
ば、化かされているのか?
あまりにも俺が雑魚だから、適当に遊んでからかってるだけなのか?
何がなんだか分からない。分からないけど、抱き締められて胸に当たる、ふわふわの双子山が……うん……でかいな。
「あの……当たってる」
「んん? 何がですかぁ?」
「その……君の胸が」
「あはっ、ネクロさんのえっちぃ」
「あう……」
「でも、ネクロさんならいいんですよ? この二つの膨らみは、ネクロさんだけが好きにしていいんです」
「……ぶはっ」
鼻からふた筋の鮮血を撒いて撃沈する。
そんな俺を見たハルモニアは慌てふためいて、倒れた俺の体を抱き寄せた。
心配そうに眉根を垂らすハルモニア。
その様子に嘘偽りは見えず、つまりはそういうこと――
怒号と共に無意識に飛ばしていた、俺が持つ唯一のスキル。
恋の奴隷は、異性を100%魅了する。
恋に最強、愛に無敵、禁断のチートスキルだった。